魔法少女を忘れない

 母親に連れられてやって来たのは愛くるしい少女で、今日からお前の妹になるんだよと言われて預けられ、戸惑いながらも関係を深めていこうとする兄に、幼なじみの少女の横恋慕や、同級生の男子の横やりが入ってドタバタとするラブコメディー。

 そう思わせて、背後にある苛烈な世界と、それに翻弄される薄幸の少女たちの存在を見せ、ままならない中でも人間は精一杯に生きなくてはいけないんだと思わせてくれる物語。それが、しなな泰之の「魔法少女を忘れない」(集英社スーパーダッシュ文庫、590円)だ。

 みらいとう名の妹は、兄の悠也の部屋に来て漫画を読みながら眠ってしまっては、枕によだれを垂らして染みを作り、それを「えっと、なんかのしるしです」と言い訳する可愛らしさで悠也の心をざわつかせる。

 時に扱いにあぐねて近所の古本屋へと逃げ込んでは、幼なじみで背丈は小さく、髪はまっすぐで眼鏡をかけてる千花と喋って、邪険にしながらも実は内心では慕っているという千花の、悠也に対する錯綜した態度の上っ面だけを鈍感にも受け止めながら時間をつぶす。

 一方で、同級生の直樹はみらいに恋慕し、悠也に間を取り持つように誘いかける。誰が誰を好きで、その誰かは別の誰かが気になって……という、まさに青春まっただ中の4人が交流を持ちながら、慌ただしく夏が過ぎていこうとしていた、そんな時。

 関係に激しい動きが現れる。直樹の告白をすげなく断ったみらいに、直樹を慕う女子生徒の虐めがかかる。そして「化け物」といった悪口が向けられる。化け物。そう。みらいは化け物。元魔法少女。魔法を使って戦い世界を救ってきた存在だった。

 ここでいう世界とは、象徴ではなく実態を持った国家のことであり、戦いとは国家に向けられる他国からの悪意に他ならない。魔法少女とはすなわち異能の使い手たちのこと。生まれながらに力を持った彼女たちは、国によって防衛のシステムとして組み込まれ、有事に備えることを義務づけられていた。

 もっとも、ある程度まで長じれば、能力を失って元魔法少女になってしまう彼女たち。その扱いには慎重が期されていて、普通は施設に入って一生を過ごすことになっていたが、みらいは一般の層との接触を持たせることは可能かという実験の意味もあって、悠也の家に妹として預けられることになったのだった。

 人ならざる力を持って、人から畏れられる存在。のみならず別の運命も背負った元魔法少女のみらいに、悠也はだんだんと彼女は妹なのだという設定を越えた感情を抱くようになる。そんな悠也を幼い頃から見てきた千花にも動揺が走って、まとまっていたかに見えた関係は揺らぎ、悠也は二者択一を迫られそして……。

 冒頭の、よだれをたらして居眠りをするみらいの描写が、そのまま彼女の命運を意味する設定へと関わり、悲しいクライマックスへとつながっていく構成が巧みで、浮かび上がる情動に涙を誘われる。素直になれず気持ちを伝えられないまま、態度ばかりが反対方向へと向かってしまう千花のいじらしさにも、心を強く揺さぶられる。

 何より魔法少女にもたらされる理不尽な運命に、どうしてそんな存在が生まれたのか、誰かが生んだのだとしたら、どうして生んでしまったのかという疑問と憤りがわき上がって、悲しみと憤りがない交ぜとなった気持ちでいっぱいにさせられる。

 運命だからと諦めて良いのか。受け入れてしまって良いものなのか。抗い戦いたい気持ちと、どうにもならない現実の狭間に立たされてしまった時に、どうすべきなのかを強く問われる。そんな物語だ。

 設定面で似た雰囲気の作品を探すと、橋本紡の「リバーズエンド」(電撃文庫)がひとつに浮かぶ。あるいは岡本倫の「エルフェンリート」第1巻に収録されていた短編の「MOL」か。

 願うなら、逝った者に魂の安寧がもたらされ、残された者に心の快復が訪れるて欲しいもの。幸いにして悠也には千花がいる。家族もいて友人もいて、みらいを覚えている大勢の人たちがいる。つながっていく記憶の中に、埋もれさせることなく存在を受け継いでいくことだけが、みらいを過去にしない最善にして最良の方法だ。


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