マッドネス ラグート王国戦記

 戦記物の世界に傑作の予感がする作品がまた登場。ノベルゼロから出た新見聖の「マッドネス グラート王国戦記」(KADOKAWA、750円)は、表題にあるグラード王国で猜疑心にとりつかれ、国を衰えさせつつ病気になった国王の跡目をねらって第三王子が立ち上がり、まずは第一王子の王太子を殺害し、宰相と組んだ第二王子とも対立しなが王を囲って実権を掌握しようする。

 ところが、王太子の妃と息子の王太孫を王の弟の子で、そのとてつもない美貌もあるけど、むしろ王にはなれない状況から、男であるにも関わらず姫獅子と呼ばれるようになったラインハルトが連れ出して逃亡。後を追って第三王子の配下が迫ったところに援軍がかけつけた。たったひとりで。

 それがレグルス。かつてラインハルトは、王弟だった父親が病気になったと教えられ、その特効薬を手に入れに外に出た。その道中で父親が王の配下に暗殺されたと知り、そして宙に浮いた形の特効薬を通りがかった村で、同じ病気にかかって苦しんでいた8歳の少年に与えたことがあった。その時の少年がレグルスだった。

 レグルスは、まずは全治した後で父王の配下に追われていたラインハルトを助け、そして10年を経て改めて自分の命を救ってくれたラインハルトに忠誠を誓いにはせ参じた。羊飼いとして狼を相手に剣をふるっていたというその技は、武芸者から見ればでたらめだったけれども迫る軍勢を1人で相手をするくらいの能力にはなっていて、敵軍を王太子妃や王太孫に近づけない。

 そうやって時間を稼いでもらているうちに、親戚筋にあたる軍勢の援軍を得て、どうにか逃げ延びたラインハルトはレグルスを配下に加え、そこから第三王子への反攻を始めようとするものの、とにかく手勢が足りない上に、血筋だ何だといった感じで揉めていてまとまらない。敵も攻めてきてじり貧かといった中で、レグルスがその才能をじわじわと発揮し始める。

 といっても剣の技ではない。その天真爛漫な性格と、ラインハルトへの厚い忠誠心をもって歩きまわって、まずは山賊として疎まれていた男たちを手勢に加え、商家の養女として才能を示しながらも、女性だからと虐げられ、それならと士官先を求めて旅に出た女性を、数字に長けて戦略も立てられるからと文官にし、密偵にもなりそうな人間をも味方につけながらラインハルトが直面する難局をひとつ、またひとつと乗り越えていく。

 出城を作ろうとすると、敵が攻めて来て壊すためなかなか建設できない問題では、ある秘策でもって立派に城を立ててのける。1000人の軍勢に100人いない手勢で立ち向かわないといけなくなった場面でも、情報戦を仕掛け欺瞞作戦も使って切り抜ける。まるで織田信長の配下で知略を繰り出し、人心を掌握してのし上がっていった豊臣秀吉のようなレグルス。山賊は蜂須賀小六だし、文官は竹中半兵衛に黒田官兵衛で密偵は……誰だろう、真田幸村かそのあたり?

 ただ、レグルスには秀吉のようなぎらぎらとした向上心はなく、ただラインハルトのために命を捧げたいという一心で働いている。そんな彼の正直さと、そして身分やしがらみに囚われない判断力が優れた人材を即座に引き入れ、その才能のありったけを発揮させる場を提供する。

 自身にもアイデアはあるし戦闘能力も低くはないけれど、それでトップに立たず仲間の才能を存分に発揮させつつ、チームで最大の効果を出そうとする。そのスタンスは秀吉でもあり徳川家康でもありそう。上司にあたるラインハルトの身分に拘らず才能を認めるおおらかさも働いている。良いチーム。だからこそ難局を生き延びられた。

 そこまでの戦いで得た功績で、ひとつの国を任されるまでになったレグルスだけれど、先はまだ長そうだし、こちらは織田信長のように、前例に縛られない性格の第三王子に才能を捕捉されてしまった。残酷なようで才能には目がなく構想も壮大な男だけに、レグルスのこともただの凡庸ではないとすぐに見抜いた。そして欲しいと思った。

 そんな第三王子が今後、仕掛けてくるだろうちょっかいをしのぎ、味方にならぬのなら殺してしまえとばかりに大軍勢で押し出してきた時にいったい、どんな才覚をレグルスは見せて危機をしのぐのか。そこには誰がいてどんな才能を繰り出すのか。その総体はどれだけの力となってレグルスやラインハルトを強く、大きくしていくのか。とても気になる。

 鷹見一幸の「ご主人様は山猫姫」が完結して、危地からの才気による大逆転が楽しめる戦記物があまりなくなっていた昨今。壱日千次の「魔剣の軍師と虹の兵団<アルクス・レギオン>」という作品もあるにはあるけれど、あれは才能の上に変態力がのるから参考にならないので、こうした本格的な戦記物はとても嬉しい。

 レグルスとラインハルトの戦いはどこまで行くか。国を奪うかそれとも世界が滅びるか。長大になっても完結するまで読み続けたい。


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