ルナティック・ドリーマー
LUNATIC DREAMER

 目覚めるとそこは宇宙に自在に行けるようになった未来。長引いたコールドスリープの影響で、記憶に一部障害が出ていたため、少女は自分が誰なのかもどうして眠っていたのかも分からないまま、いつの間にやら背負わされていた莫大な借金を踏み倒して逃亡し、太陽系を股に掛けて男と見れば騙して財産を巻き上げ、カジノとあらばイカサマも平気に金をかっぱぎながら、犯罪者を捕まえ賞金を稼ぐ立派な「カウボーイ」(賞金稼ぎ)になりました。

 じゃない。それはアニメーション「カウボーイ・ビバップ」に登場するフェイ・バレンタインのことだった。桜庭一樹の「ルナティック・ドリーマーズ」(エニックス、860円)に登場する主人公の少女・高田寿麻も、フェイに似て宇宙時代になった50年後の未来にコールドスリープから目覚めるんだけど、とりあえず自分は誰かくらいは覚えているし、懸賞で当たった宇宙旅行の途中での事故だったということで、コールドスリープ代が払えず目覚めてすぐさま借金地獄に陥る、なんてこともない。

 ところが。借金がある訳でもない寿麻だったのに、目覚めてすぐに病室へと押し入って来た眼鏡男に襲われ死ぬような目にあって病院を脱走。折良く道をトラックで走ってきた”運び屋”ウィニーに拾われ、何とか生き延びたと思ったら、紆余曲折の果てに今度は謎なロック大好き野郎に拉致され尋問されるといった具合に、とんでもない目のオンパレードに遭遇する。理由は寿麻の記憶。コールドスリープに入るまでの記憶はだんだんと思い出していったけど、肝心要の記憶がどうにも思い出せなかったたことが、寿麻を生命のピンチへと陥れた。その記憶とは。

 50年後の未来に寿麻が目を醒ました場所は、月面にある「ルナティックベガス」という巨大娯楽ドーム都市。そして寿麻が思い出せない記憶の中に、この「ルナティックベガス」を支配するためのコンピューターのパスワードが入っていた。「ルナティックベガス」に君臨する犯罪組織「ウラヌス」のドン、天王寺漣の一派は、寿麻が自分たちを追い落とそうと企んでいる敵の手に落ちないように確保しようとし、最初に寿麻を襲った眼鏡男たちを使って寿麻を追いかける。一方で、天王寺漣を倒して「ウラヌス」のトップへとのしあがろうとするロック野郎、メイファもパスワードを聞き出すために少女を追いつめる。

 どうして少女はパスワードを知っていたのか。「ルナティックベガス」を仕切るマフィアのボス、天王寺漣と高田寿麻との因縁は。夢多き少女と少年の淡い恋が50年の時を経て月面のドーム都市へと蘇り、厳然とした現実の重さを突きつけつつ、それでも見続けていたい夢の素晴らしさを教えてくれる。と同時に、時によって隔てられてしまった気持ちの、容易に埋まらない溝のようなものにも思い当たらせてくれて、ちょっぴり寂しい思いにさせられる。

 少女が病院を脱走して、最初に助けてもらったピンク色の髪の女性が物語のキーパーソンになりそうだと思っていたら(表紙にも出ているんだからそう思うのが普通だろう)、まず最初に明かされたその正体と、そしてさらに暴かれた真実の姿へと進む段取りに、どこか間の抜けた感じがあって、どうして気付かないんだろうといった疑問が浮かぶ。それと、あるキャラクターの「守れ」といったその口が、自分を一番に考えてくれてなかったと知るや「殺せ」といってみたりと、めまぐるしく変わる展開がなかなかにダイナミックで、人間の情愛とはかくも利己的なものなんだろうかと思い悩む。

 ボスを倒して成り上がろうとするメイファの「ロック一番」感じとか、そんなメイファを絶望の淵へと叩き込む寿麻の語ったメルヘンまみれな思い出の言葉(「これは僕の最初の恋。そして……最後の恋だよ、寿麻。ああ、だから君は僕の恋の母であり、同時に恋の墓標でもあるんだ。寿麻……僕の寿麻」ってな感じが延々)とか、読んで笑えるシーンもそれなりにあってこれは楽しめる。エンディングの無茶ではあるものの爽やかな感じも気持ちに優しい。ここは未来に目覚めて戸惑う少女になり切った気分で、トロッコに乗せられあちらこちらに運ばれた挙げ句にちょっぴり切ない、けれどもハッピーなエンディングを迎える展開を、ハラハラウキウキな気分で気軽に味わうのが良さそうだ。


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