ロンリー・コンバット!

 宮崎駿監督が1979年に作った劇場アニメーション映画「ルパン三世 カリオストロの城」のラストシーンを思い出そう。カリオストロ公爵の野望を挫き、クラリス姫を救い出したルパンが、連れて行ってとすがりつくクラリスの背中に回した手を、重ねようとして躊躇い逡巡し、懊悩した果てに離して抱きしめることなく、クラリスを諭し去っていったあのシーンを。

 その決して長くはない時間に駆けめぐっただろう、ルパンの複雑で切なく狂おしい心情と、強く重なったものがあるかもしれない作品が、日向まさみちによる待望の第2作「ロンリー・コンバット!」(角川書店、1500円)だ。塾の講師として、社会を中心に文系を教えている主人公の伏見イナリは、漫画が好きでアニメが好きでゲームも好きのオタク青年。なによりロリコンで、少女が可愛いと思う心理を抱きながら、それを決して表には出すことなく、心の中で思うだけにして日々の授業に臨んでいる。

 生徒たちが好きなものを、好きだと言えば人気がとれるというのは大間違い。漫画やアニメが好きなオタクであると言えば、自分たちの側にいる存在ではなく、大人になってもそうしたものに耽溺する気持ちの悪い存在と、生徒たちに見なされ嫌われる。だから伏見イナリは言わずに心に潜め、毎日を粛々と過ごしていた。そんな伏見イナリに転機が訪れる。夜遅くなるのは心配だからと、親によって塾を辞めさせられた少女の家庭教師に、塾講師を兼任しながら就く事態となった。

 もちろん最初は恋情などなく、講師と教え子という関係で行こうと決めていた。ところが、伏見イナリはその女生徒、九重都に恋をしてしまった。お下げで眼鏡の委員長風の少女が、実はとてつもない漫画好きで、それも黄金期の週刊少年ャンプに連載されていた、濃くて熱いアニメが好きというから、そうした漫画を読んで青春を過ごした男としてはたまらない。話も合って仲良くなって、主人公は少女に、そして少女は主人公に恋心を抱くようになっていく。

 そこに壁が立ちふさがる。親が娘の言動を盗聴するほど溺愛していて、講師の恋情を許すはずがない。もうひとつ、講師と生徒との決して超えてはいけない一線を、厳格に守らせようとする塾の決まりもあって、伏見イナリは少女への思いを、あくまでも思いの中に留め置こうとする。そこにアクシデントが起こり、すべてが暗転しかかるという展開の先に、待つのは犯罪者として糾弾されるバッドエンドなのか? それとも障害を乗り越えて恋をつかむハッピーエンドなのか? それは読んでのお楽しみ。月並みではない展開が待ち受けていて、振り回された挙げ句にひとつの境地へと至らせてくれるはずだから。

 世間一般というものはロリコンであることにとてつもなく不寛容で、そうした性向を持つものを退け、排除しようとする。絵に描くことすら認めず、非実在青少年という不思議な用語で架空の存在へのエロティックな心情を、糾弾して取り締まろうとする。あるいは現実に取り締まる。けれども心の中で思うことに罪などなく罰もない。誰にも被害を与えない非実在への恋情を、どうして非難されなくてはいけないのか。ロリコンたちはそう叫ぶ。

 けれども、世間はそうした心情が一線を越えてしまう可能性を、それも高い頻度で予期して予防も兼ねて糾弾する。排除する。もちろん、一線を越えてしまった時にカタストロフが起こるのは仕方がない。起こってしまたら何が起こるのか。それは「ロンリー・コンバット!」にも描かれる。そこに例えピュアな恋情が、相互に通っていたとしても、世間は絶対にそうは見ない事実を見せる。その上で、それでも生まれた恋心をどう昇華させるのかが、主人公の懊悩と葛藤に描かれる。何とも切なく、苦しくて痛い恋の物語だ。

 同時に、少女に自分を好きにさせる意味も問う。それは可能性。講師と教え子の時には夢を語り未来を語っていた少女が恋、情を挟んでどうなったのか。それは正しい姿なのか。愛さえあればという理想を一方に、愛だけではという現実も指摘する。人それぞれに無限にある可能性を奪う責任の重さが、「ロンリー・コンバット!」という物語で説かれる。読んでそれでも少女を愛するべきなのか。少女に愛させるべきなのか。考えよう。

 「カリオストロの城」のラストシーン。ルパンがクラリスを抱きしめて国の外へと連れ出し、スリリングな日々に耽溺させても、彼女は幸せだったかもしれない。けれども、それ以外にあった様々な可能性は、そこで閉ざされてしまう。回した腕を逡巡に耐えながら外し、突き放したルパンの心情を思うなら、「ロンリー・コンバット!」の主人公の決断も、当然の結果と言えるだろう。格好良すぎるけれど、そこで踏みとどまったからこそ彼は、カリオストロ伯爵にならずに済んだのだ。

 ロリコンという観念を探求することの自由さと、ロリコンという実際を行うことの責任。その境界で葛藤し冒険し懊悩する。そんな物語である「ロンリー・コンバット!」を読んで、ロリコンは身と心を改めて問い直し、そしていっそう困難さを増すこの時代を生きる術を見つけだそう。


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