共鳴

 なんで買ったんだろうって考えてるんだけど、理由がぜんぜん思い出せない。イアン・バンクスの「蜂工場」。「SFマガジン」のレビューかなんかに載ってたのかなあ。でも内容はしっかり頭に入ってる。とにかくすっげーグログロした話だったねえ。

 いや、別に血まみれの首がどうとかぶちまけられた臓物がどうとかいった、スプラッタな作品じゃなかったんだけど。なんていうか、鬱屈した愛情が間違った場所からぐちゅぐちゅと染み出でいて触ると爆発しそうなって感じの、とにかくそれまで読んだことのないような話だった。

 「共鳴」(ハヤカワ文庫ミステリアス・プレス、780円)って本が、本屋の平台に山積みになっていて、普段は目にも止めないミステリアス・プレスなのに、なんか気になって作者の名前を見てしまった。なにっ、イアン・バンクス? もしかして「蜂工場」のイアン・バンクスか。3段飛びのウイリー・バンクスでもデザイナーのジェフリー・バンクスでもない、あのイアン・バンクスなんだな。

 速攻で購入。解説を見て確認。まさしく「蜂工場」で鮮烈なデビューを飾り、「クライヴ・バーカーと肩を並べるニューホラーの旗手」ともいわれたイアン・バンクスの本邦訳出第2作であった。ああ。

 しかし、読み始めてしばらくは、本当にコレ、イアン・バンクス? って疑問符が頭の中で幾つも点滅してた。確かにちょとばかり猟奇的な殺人事件は出てくるけれど、主人公の新聞記者はヤク中でパソコンをたくだけで人妻と不倫してるけど、冒頭から得体のしれないエネルギーがぐらぐらと煮えたぎってた「蜂工場」ほどには、ググググッと訴えてくるものがなかった。

 だいたい主人公が新聞記者ってところが、過去にいくつもある新聞記者を探偵役にしたミステリーを思い浮かばせて(読んだことはないけど)いけなかった。ヤク中だをたくだっていったって、仕事のほうじゃあなかなかの敏腕ぶりを見せてるし。記者のとことには、頻繁に情報提供者から電話がかかってきて、あれこれ調べろっていってくる。なんだかウッドワードとバーンスタインの「大統領の陰謀」の「ディープスロート」みたい。このまま英国の政財界を揺るがす陰謀に、1人の記者が巻き込まれていって解決するって話かなって思った。

 でもどこか違う。主人公がちっとも真面目で勤勉じゃない。スクープの1つでもとってやろうって意欲はあるみたいだけど、仕事の途中に人妻と会って不倫はするは、夜は夜回りなんかしないで自宅で酒飲みながらパソコンゲームに耽ってるは。情報提供者の電話を待っていて、教えられる人物名をデータベースで調べて、ロンドンから電話をかけて来た知人にちょっと調べてよ、人を紹介してよってお願いする程度。正義感でも名誉欲でもいいから、ギラギラしながら靴を潰してかけずり回ってネタを拾い集める、古式ゆかしき新聞記者探偵って感じがぜんぜんしない。

 次々に起こる猟奇的な事件も、どんどんとタイヘンでヘンタイな方へと進んでいく。手すりから突き落としただけだったのが、爺さんの尻にバイブを突っ込んでいぢめたり、犬を散弾銃で撃ち殺しまくった挙げ句、縛り付けた男の大腿部の動脈をざっくりやって失血死させたり、HIV陽性者の精液を血管に注射したり、ガスの元栓をあっけっぱなしにしたまま火をつけてどっかんさせたり。そんな事件を耳にしても、記者はふーんってなもんで、もしかしたら自分とこに来る情報となんんか関係あるかもしれないなあって思う程度の怠けぶり。主人公と猟奇事件の接点が、いつまでたっても出てこない。

 主人公と、その友達でかつて大金持ちで今はご隠居暮らしの男との少年時代の思い出話を時折挟みこみながら、だらだらと話は進んでいく。なるほどイアン・バンクス、ただの新聞記者探偵の活躍譚なんか書いちゃいないなって、半ば頃まで読んでようやくそう思えて来た。そして事件の真相が明らかになり、ディープスロートによってハメられたと気付いた記者が別に走り回りもせずに記憶をかき回しただけで事件の真相を見抜いてホシと対峙するラスト。「COMPLICITY」という原題が、主人公が巻き込まれた運命と、政財界の大立者を襲った猟奇的な事件の、すべての原点にあったのだということが解り、己が費やしてきた人生の、どこかに瑕疵はなかったかと、思わず振り返らせるほどの衝撃をもたらした。

 盗人にも3分の利ってことなのか、殺人鬼にだって立派に連続殺人の理由があって、その理由自体は傍目には正義感に溢れているように見えないこともないんだけど、その方法が猟奇的ってところにも、やっぱイアン・バンクスだなあ、素直じゃないなあって感じさせる。事件を見事解決した主人公の記者も、結局悪い過去がバレるは、病気だって解るわと散々で、ウッドワード&バーンスタインみたいなヒーローにはなれはしない。

 それでも読後、どこか爽快だなあ、すかっとするなあって感じたのは、そう、それはたぶん犯人への「共鳴」。憎むべき殺人鬼でありながらもその目的としてヒーローだった彼への。あるいは記者への「共鳴」。ヒーローの役を割り当てられながらも己の不作為ゆえにヒーローたりえなかった記者への。どちらにより深い「共鳴」を感じるかで、あなたの正義度と、怠け者度と、そして猟奇への関心度が見てくる・・・・・。


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