進み過ぎた科学は魔法に見えるとスリランカの賢人が言ったとかどうとか。とはいえ科学だったら魔法に見えても説明はつくはずだけれど、本当の魔法を科学で説明するのはやっぱり不可能。でもだからこそ魔法の世界には想像を歓喜する楽しみ所がいっぱいあって科学の万能さにちょっぴりつまらなさを感じている人たちを誘い刺激する。

 夏緑の「くろかの」(HJ文庫、619円)も科学と魔法の相容れなさと、それでも魔法の愉快さを見せてくれるストーリー。科学こそが真実と信じる少年、阿寒望が科学部の先輩に部員が足りないからと勧誘に行かされた相手は、学問運動共にスーパーながらも不気味なところがあった闇暗魔夜という少女だった。

 学校を出た魔夜を追いかけ望が山奥まで行くと、そこに侵略者の宇宙人が現れたから驚いた。科学こそが真実という望だけに、宇宙人なんて存在するはずがないと科学的に思いながらも、実際に現れた宇宙人にガスを浴びせかけられた望は、記憶こそ高校生のままながら赤ん坊の姿になって魔夜に抱えられて山を出る。

 どうにか宇宙人から逃げ切ったものの赤ん坊の姿は戻らず、望はそのまま魔夜の実家の病院と連れていかれて、魔夜からかいがいしくお世話を受ける羽目となる。抱きかかえられ着替えさせられお風呂に入れられご飯を食べさせられ。美少女からそんな世話をされれば嫌に感じる男の子なんているはずがない。もっとも望はすでに男の子ではなく男の赤ん坊なのだけど。

 それに前世は黒魔術使いの女ドラキュラ伯爵だと信じ、自らも魔術を使う魔夜はやっぱり不気味で、いったいどうされてしまうんだろうと望は怯える。もっとも言動に不気味なところがあっても、こと自分に対しては可愛いらしさを見せてくれる魔夜に望は、だんだんと関心を抱きた始める。

 とりあえずは赤ん坊の姿のままで魔夜に学校へと連れて行かれた望を見て、女子たちが騒ぎ出して可愛い可愛いと望を取り合うものだから、魔夜が嫉妬の暗い炎を燃やし、それを望が慌てて止める。こうして始まった暗黒女子高生と赤ん坊高校生との奇妙な関係は、科学をむやみに信奉する望に対して、世の中には不思議なこともあるんだという事実が次々に突きつけられる。

 そんな中で、明るく見えて本当は哀しい運命にあった少女や、楽しそうに見えて実は可愛そうだった男たちの想いや未練が癒され昇華されるエピソードが挟まれ涙を誘う。さすがは女ドラキュラ伯爵の生まれ変わり。その辺りを見抜いてい望を誘ったのあろう。別の理由もあってそちらの方がより大きかったみたいだけれど。

 そしてクライマックスに待ち受けているのは、望を赤ん坊にしてしまった宇宙人とのバトル。最先端の科学を扱う奴らの癖に、妙に迷信深い宇宙人の言動のちぐはぐさに笑わせられながらも進められた戦いの果て。科学こそ絶対だという考えを捨てて、オカルトであっても可能性を信じた望の想いが摩夜や自分が追い込まれていた窮地に最善の解決策ををもたらす。

 とりあえずまとまったかのように見えて、残された強烈な引きが美人だけれど奥手な不気味少女の過激な想いの爆発を再び招き、巻き込まれた望の右往左往を引き起こしつつ楽しませてくれることになりそう。赤ん坊ならばいったいどんな眼福が得られるのかにも期待しながら続きを待とう。


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