くぐつ小町

 平安時代の美人の基準が、今とどれだけ違っているのかは知らないけれど、絶世の美女と謳われた小野小町のことだから、今でも十分に通用するんじゃないかと思ってる。もっとも、小町と同時代に生きた絶世の美男子、在原業平の方は、肖像画なんかを見ると下膨れののっぺりした顔立ちで、贔屓目に見ても美男子とは言いがたい。単にやっかんでるだけなのかもしれないけど。

 で、加門七海さんの「くぐつ小町」(河出書房新社、1300円)は、その小町と業平が登場する「伝奇小説」。こう聞くと、平安時代を舞台にした夢枕獏さんの「陰陽師」が真っ先に頭に浮かぶところだけど、「くぐつ小町」は発表媒体が文芸雑誌の「文藝」だったこともあって、スペクタクルもサスペンスもバイオレンスも一切ない。古典のような、あるいは短歌を幾重も重ねたような短いセンテンスの文章を連ねることで、平安時代の妖しげな雰囲気を出している。

 小野篁は、京の死門を守る陰陽師。若い時、異母妹と禁断の恋に落ちてしまうが、破局の末に異母妹は亡くなってしまう。春になって篁は、1人の女の子を娘といって京へ連れ帰った。後の小町である。

 篁は小町を邸から1歩も出さずに育てる。しかし、いつしかその美貌が京中に響くようになり、その美貌を見ようとする企みのために、雨乞いの場へと引っぱり出された。歌を詠み、見事雨を降らせて場を立ち去る際に、足を滑らせた小町に在原業平が手を差し伸べる。一瞬触れた手に、業平は違和感を覚え、小町の正体を知る。

 篁と小町、業平の話を語る狂言回しとして登場する面打ちの男と、そして美貌の女。小野一族への呪いは、時を経てもなお解けることはなく、永遠に小町を苛み続ける。タイトルにある「くぐつ」の文字が、妖(あやかし)の存在としての小町の運命を、悲しく暗示している。

 自身「清明。」(朝日ソノラマ)という、稀代の陰陽師、安倍清明を主人公にした小説を書いてている著者だが、同じ平安時代を舞台にしていても、読者の受ける感じは全く違う。読者対象によって硬軟使い分けられる腕があったとは、この作品を読むまで気が付かなかった。よい意味で、小説家として大きく化けたと思い、次作への期待が否応でも高まっている。

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