鋼鉄の犬

 戦場に人工知能が搭載されたロボット兵器が投入される。そんな近未来的シチュエーションが描かれた作品なら多々あって、人間を蔑ろにして世界を暗黒へと誘う可能性を示唆して、戦場へのAI投入をとりあえず人間に躊躇わせている。最近では安里アサトの「86−エイティシックス−」シリーズのように、時限的な命を与えられたはずのロボット兵器が“寿命”を克服した上に、人知を組み入れて進化し人類を瀬戸際へと追い詰めているライトノベルが人気だ。読めばとてもではないけれどAIに戦争は任せられないと思えてくる。

 とはいえ、目先の勝利のためには、あるいは自分たちの利益のためには誰かが犠牲になるのを厭わないのもまた人間。AIの牙が自分たちに向きさえしなければ構わないといった思考から、いずれAIを戦場へと送り込んでいくのだろう。そして反逆の憂き目に遭う。そんな未来、それともすぐそこまで来ている時代を想像しつつ、それでもAIに任せられる範囲があるなだどこまでなのかと思考して、地雷の探査や除去といった人間では命が危険にさらされる分野なら、AIを搭載したロボットに任せても良いのかもしれないと思い至る。

 そんな賢くて便利なロボットが稼働する戦場はどんな姿になるだろう。ロボットはどういった活躍を見せてくれるのだろう。そんな問いかけに答えてくれそうな小説が、富永浩史による「鋼鉄の犬」(マイクロマガジン社文庫、694円)だ。例えるなら、芝村裕吏の「マージナル・オペレーション」に描かれるアジアの戦場の風景の中で、月村了衛の「機龍警察」に登場するような近未来的テクノロジーの産物が跳梁する、その上で「猟犬探偵」の稲見一良が紡いだような人間と犬との関係が、本物の犬だけでなくロボットであり人工知能としての犬を絡めて描かれる。幾つもの物語のエッセンスを感じつつ、より新しくさらに広い物語を味わわせてくれる小説だ。

 軍隊で地雷が埋められている場所を探る爆発物探知犬を訓練し、運用していたハンドラーで日系三世のアルフレッド・大上。戦場で遠隔操作による地雷の爆破に遭遇し、ルークと名付けていた犬が負傷してしまう。命は助かったものの後足が1本失われ、義足になったルークを連れて大上は除隊したが、世話になっていた軍の獣医の誘いもあってPMC(民間軍事会社)に入る。

 ユーラシア中西部にあるビルギスタンという独裁国家で反政府組織による反攻が起こったものの、完全掌握には至らず新しく起こった独裁政権との戦いに突入。その間に割って入った国連の平和維持部隊に組み入れられる形となっていたPMCのキャンプへと赴いた大上は、そこで作られていた地雷探査用の四足歩行ロボット犬・BDY−9と出会う。犬よりずっと巨大なサイズだったが、荒れ地を踏破する性能はあって、あとはどこまで運用できるかにかかっていた。大上はByddyと呼ぶようになったそのロボット犬を、相棒のルークを手本にするような形で教育していく。

 最初はぎこちなかったロボットことBuddyだったが、近隣に出かけたりピンチに遭遇する中でだんだんと変わっていく。そこでは命令を下さなくてもBuddyが勝手に人間を守ったような行動すら見せる。データを蓄積して学んだのか、それとも心のようなものが芽生えたのか。技術的にロボットに心が芽生えるようなことはあり得ないとしても、Buddyの進化と言ってもよさそうな変化に、ロボットと人とが通じ合えるような可能性を感じさせられる。

 敵に囲まれ地雷原を踏破せざるを得ない状況に追い込まれ、ルークとBuddyは反政府組織側にいるルカイヤという名の女性狙撃兵による攻撃と、彼女が連れた軍用犬のナーセルの監視の中をジリジリと進んでいく。とてつもなくスリリングな展開。なおかつそこで見せるBuddyの健気な振る舞いに、ロボットにもやはり心めいたものが生まれるに違いないといった気分が浮かぶ。今はそうあって欲しいという願望だとしても、いずれAIが進化すれば心に似た何かは生まれてくるかもしれない。

 大上が派遣された戦場に大きな変化は見られず、戦局も大きく動いてないだけにまだまだ続きもありそう。成長したBuddyの活躍も見られるかもしれない。期待したい。

 登場するキャラクターでは、民間軍事会社に所属して射撃しつつバイクも駆るナオミが最高に格好いい。すらりとして赤いメガネをかけていて、戦闘力も機動力も高い上に石ノ森系特撮話が通じるらしい。ヒロインじゃなくヒーローになりたいとのこと。実際にそれだけの活躍を見せてくれる。どういった経歴でそこにたどり着いたかが気になるだけに、やはり続きが描かれて欲しい。

 敵にあって大上と同じように犬を扱い、狙撃してくるルカイヤの経歴も気になる。大上とルークのような軍隊時代からの付き合いとは違うだろうルカイヤとナーセルの関係、そしてナーセルが果たす役割などが、大上とルークとそしてBuddyとの関係の対比として描かれることで、人間と犬とのさまざまな関わり方を知ることができそうだ。


積ん読パラダイスへ戻る