後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール

 「同じチームの味方どうしという関係は単純な好悪を越えたところにある。死にゆく者の罪なら許してしまえるように、試合中のチームメイトのことならばどんな重荷も背負ってやりたくなる。打者の孤独はそうした憐憫の情を引き起こすほどに深い」(102ページ)。

 そんな言葉を聞いて思うのは、メジャーリーグでもプロ野球でも甲子園でも良いけれど、野球に真正面から向き合っているアスリートが、そのプレー中に抱いた一瞬の心情を、吐露なり活写したものなのだろうということ。けれども。

 この言葉が漏れ出ているのは、皇帝の妃とその候補たちが群れる女ばかりの後宮に、ひとり女装して潜り込んでは、虎視眈々と皇帝の命を狙っている暗殺者の少年の身辺から。どうしてそんなことに。何かがおかしい。ずれている。ところが。

 石川博品の「後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール」(集英社スーパーダッシュ文庫、640円)を読めば、少年が漂わせる野球についての心情には、一編の欺瞞も虚構もないと分かる。それと同時に少年が女装して後宮に潜り込んでいることも、ちゃんと理解できる。

 問題はだからその組み合わせ。後宮と、女装と、野球。単独ではあり得るものが組み合わさって生まれたあり得なさ。なおかつそのあり得なさをいけしゃあしゃあとやってのけてしまうところに、石川博品という作家が持つ類い希なる構想力と筆力がある。

 そんな石川博品による「後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール」は、タイトルどおりに後宮で野球をするという話。もちろん後宮だから、そこに入った女性たちは、誰もが皇帝の寵愛を目指して美を磨き、しのぎを削り合っている。それと半ば重なるように、野球が流行っているその国、大白日帝国では女性でも野球が好きなのと、そして皇帝の目を引きたいという思いから、後宮で野球の試合が繰り広げられるようになっていた。

 こうして接合された後宮と野球。自身の出自から皇帝への怨みを抱き、野球賭博で借金を背負った宦官につけ込む形で後宮に潜り込んだ香燻(カユク)という名の少年は、そこで皇帝の寵愛を身近に受けている12人の女御・更衣のそれぞれの殿舎内に野球チームを持って、リーグ戦を繰り広げていることを知る。これが七殿五舎リーグ、別名ハーレムリーグ。

 さらに各殿舎は上搶梶E中搶梶E下搶鰍持っていて、下働きの宮女たちを大勢抱えていてそこでも、それぞれに野球のチームが作られ同じランクどうしリーグ戦が繰り広げられている。メジャーリーグとAAA、AA、Aといった大リーグとマイナーリーグの関係か。そして香燻は暁霞舎の下搶鰍ノ入ってそこで、下働きを始めると同時に誘われて下搶潟梶[グの試合に代打として出場し、打席に立って前述のような心情を抱く。

 シームレスに繋がる後宮と野球。野球に関しては、そんな打者の心情描写から、シフトを布いて特異なバッターを打ち取るプレー描写、キャッチャーミットから中身を抜いてやや大きめのグラブを作り、守備に活用する道具の描写にいたるまで、野球といったものの真髄をそこに見せようとする深い筆致で描かれる。

 少年と同じチームになった、美貌を誇り高い守備力を誇りながらも気まぐれな蜜芍(ミシャ)という少女は、最初は香燻を邪険に扱いながらも、彼がビーンボールボールを投げられた時には、ベンチから飛び出してきてヤジを叫んで相手の選手を威嚇し、後には一緒になって仕える女御に迫った危機に飛び出していく。「試合中のチームメイトのことならばどんな重荷も背負ってやりたくなる」。チームプレーの美しさ。野球というスポーツの醍醐味。それらが余すところなく綴られる。後宮の女性たちと女装の少年をプレーヤーにしながらも。

 後宮である必然はあるのかと問われると、例えば樺薫の「ぐいぐいジョーはもういない」のような、高校の女子たちが野球をするようなストーリーの中で、描けないことはないかもしれない。そこに女装した少年が紛れ込み、着替えや入浴といった日常を見せる少女たちに勃ちそうになるのを懸命に抑えながら、野球に勤しむようなストーリーがあっても、ライトノベルなら不思議はない。野球ではないけれど新体操に入る羽目になった男子が、女装してレオタード姿で演技する岩佐まもるの「MiX!」という作品もあったし。

 ただ、皇帝の寵愛という究極の身分を褒美として掲げられ、そこに至る道筋として野球が与えられたことによって醸し出される美を極める絢爛さと、プレーを極める熱血が同居して、得も言われぬ雰囲気を醸し出しているところが、この「後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール」というライトノベルの最大の持ち味。暗愚な皇帝による悪政が将来に招くだろう混乱も予感させつつ、今はただ女たちは野球と寵愛の頂点を目指し、少年は皇帝への復讐を狙って日々に邁進する、その熱量が読む人たちを他の作品にはない感嘆へと誘う。

 吸血鬼もいれば獣人もいて、宇宙人すらいそうな設定が、物語世界にどんな影響を与えるのかと言った部分でも興味もそそられるストーリー。まずは少しだけステップアップした、香燻や蜜芍らアスリートの魂を持った後宮の女性たちであり女装少年が、そこでどんな戦いを野球と美の両面で繰り広げるのかを、楽しみにして続く巻の刊行を待とう。必ずや続くと信じながら。


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