古書狩り

 古本屋に一番通ったのは高校生の頃ですね。日曜日ともなると、自転車に乗って市内の古本屋をハシゴして、文庫の棚とかコミックスの棚とかを漁っていました。目当てはやっぱり早川書房のSFだったんですが、その頃はいわゆる「銀背」なんてほとんど見かけず、あっても高くって高校生には手が出せません。もっぱら文庫の「青背」を探して走り回り、ハインラインの「夏への扉」とか、ジャック・フィニイの「盗まれた街」なんかを手に入れては、その日のうちに貪るように読んでいました。

 まだサンリオSF文庫が順調に刊行されていた時期でしたから、古本屋にも結構な数のサンリオSF文庫が出回っていました。元値が高かったせいか、早川なんかに比べると100円玉で1、2枚分高かったような気がします。あと、それほど知らない作家が多かったこともあって、見つけてもまずサンリオSF文庫は買いませんでした。

 今でこそ数百円から中には数千円で古本屋に並んでいるハリイ・ハリスンとかブライアン・スティプルフォードとか老舎とかボブ・ショウとかサキとかが、ほとんど500円以下で並んでいた訳ですから、何とももったいない話です。もっとも、サンリオSF文庫の完全収録をもくろむ人ならいざしらず、別に読みたいと思っていない人にとっては、100均に並んでいようと1万円でガラスケースに入っていようと、サンリオSF文庫も無価値なただの「古い本」にすぎないんですけど。

 この、人によって価値がぜんぜん違ってしまうってところが、「古書集め」という趣味の面白いところでもあり、時に恐ろしいところでもあるようです。どうしてそこまでして「古い本」に血眼になるのか、犯罪すれすれのことをしてまで、時には本当に犯罪を犯してまで、目的の古書を手にいれようと頑張るのか。当人にとってそれは、命をかけてもかけたりないほどの「使命感」にあふれた行動なのですが、傍目にはおよそ理解しがたい「執着」に映ります。この彼我の認識の激しいギャップが面白いドラマを生み、あるいは恐ろしいドラマを生み出すのです。

 日本の古典SFの収集にかけては、おそらくこの人に右に出る者はないだろうと言われる横田順彌さんの短編集「古書狩り」(ジャストシステム、1600円)には、そんな「古書収集」をめぐる面白かったり恐ろしかったりするドラマの数々が、小説の形を借りて披露されています。例えば冒頭に収録された「古書奇譚」は、カタログに掲載された欲しい古書を手に入れるために、抽選に応募して来た他の人の葉書をこっそり破り捨てたり、未亡人を騙して作家の未刊行の原稿を手に入れたり、友人を騙して憤死させたりするエピソードの数々が、「古書狂会」を名乗るグループのメンバーから語られ、のっけから「古書収集」に耽溺する人たちの「恐ろしさ」を、読者に垣間見せてくれます。結末はもっと恐ろしいのですが、それは読んでのお楽しみです。

 「本の虫」もやっぱり恐ろしい話です。古典飛行機関係の古書集めに熱中した挙げ句、あるものに変身してしまう少年の話ですが、そのあるもが「古書」につきもののあの虫だったりするあたりに、「古書」好きの背筋をゾクっとさせる仕掛けだなあと感心させられました。あと「思い出コレクション」も、本と女性のどちらをとるかと迫られた男の、悲劇的な結末を暗示していて、妻や子供を省みずに、休みともなれば古本屋やデパートの古本市を回って本を漁り、家では本を床から天井まで積み上げては悦に入っている男性諸子に、ハタとわが身を振り返らせます。

 「時のメモリアル」は、「記念本」(業界用語では「饅頭本」とも言うらしい。葬式饅頭の代わりに配られる本だから)の収集を続けている青年のところに、ある日「記念本を譲りたい」という女性からの手紙が舞い込んだ場面から始まります。たどたどしい日本語で書かれた手紙と、その後かかってきた、やはりたどたどしい日本語の電話に違和感を持ちながらも、青年は彼女から新品同様の「記念本」を受け取ります。けれども再び現れた彼女が、奇妙な「記念本」を持っていたところから、話は大きく展開します。美人の女性が古本を譲りたいなんて、たぶん現実には起こり得ないシチュエーションでしょう。そういう意味で横田さんの「願望」があらわれた短編といえますが、一方では「記念本」というジャンルの知識を織り込んだ、一種のSF短編ともいえます。

 SF的な作品としては、ほかにも「小沢さんの話」や「奇蹟の夜」などが収められています。前者は現実には存在しえない古書をめぐる不思議な話ですし、後者は現実には存在するがその量が極端に少ない古書をめぐる不思議な話です。希少価値がものすごい金銭的価値を持つという古書の特質を、SFという手法を使って物語の中に表現しています。「奇蹟の夜」にはさらに、女性と古書との価値くらべという「思い出コレクション」に近いシチュエーションも含まれていて、それぞれの結末のあまりの違いに、やっぱり古書の価値は人によって全然違うんだなあということを、改めて認識させられました。

 それぞれの短編の筋立てが全体に緩いような気がしますが、これはとにかく「古書」というキーワードを小説に盛り込むことが第1義だったことに起因するものでしょう。同じく古書をテーマにしたミステリーを集めた、紀田順一郎さんの「古書探偵」シリーズと読み比べてみるのも面白いかと思います。


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