黒剣のクロニカ01

 最下層の奴隷のような境遇から、成り上がって美姫を侍らせ、戦い勝利して世界を統べるような人物を描く年代記とも戦記物とも言えそうな物語なら、文体は大仰で叙情的でもったいぶっていて、盛り上がりもいっぱいあるのが当然といったところになる。

 もっとも、そこはどこかズラした視点から、成り行きを淡淡と描くことが信条のような芝村裕吏。「黒剣のクロニカ01」(星海社FICTIONS、1300円)もおよそ絢爛の歴史絵巻とは正反対の、淡泊でどこか諦観にも満ちた雰囲気を漂わせる文体でつづられた物語になっている。

 多島海にある島の半島にコフという都市国家があって、そこを支配するのが“黒剣家”という貴族の家系。その長男にトウメスという男がいて、怪力を持ち牛の精霊めいたものをまとって戦場でとてつもない戦いぶりをみせている。

 そんな“黒剣家”に生まれたフランは、母親が奴隷でなおかつフランの父親であるところの夫に殺された過去を持ち、さらにはいたずらで麦畑に火をかけたら、責任を問われて奴隷頭だったフランの母親の父親、つまりは祖父が殺されてしまった。
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 身分の違いが絶対の格差を持つ世界。そこでフランは貴族の子でありながらも奴隷の子であるという複雑な境遇で、これも兄にあたるオウメスによって奴隷のように扱われていた。もっとも、同時に学問も授けられていたから、フランには知識があり理性もあって、自分の身を客観的に眺める能力が備わっていた。

 そんなフランに、長兄のトウメスから命令が下される。隣の都市ヤニアを支配する貴族“小百合家”の娘をトウメスが嫁にもらいたいと言っていて、その使者としてフランが派遣された。赴いてフランは、人馬の姿となっている姉のイルケと、その妹のイルドネーと出会う。

 使者としての役目を果たし、戻ったものの、イルドネーは縁談を断りトウメスではなくフランを夫にしたいと言ったことから事態は急展開。憤ったトウメスに殺されると感じたフランはコフを逃げ出し、ヤニアへと行きイルケとイルドネーを連れて逃げだそうとしたものの、それはかなわずやってくるトウメスを迎え撃つことになる。

 都市国家同士がぶつかり合う戦争だけに、さぞや派手な戦いが繰り広げらるかと思いきや、戦闘描写はトウメスが力を振るって蹴散らす場面と、それを迎え撃って槍を投げて倒そうとするといった感じ。演義ではなく史書そのものといった淡泊さで、一騎打ちにも似た戦いが繰り広げられる。

 そうした文体が客観性を誘いつつ、戦いの場面に臨むフランが素っ裸というの状況が不思議な気分を醸し出す。陰茎の皮を葡萄の蔓で結んでみせるくらいで鎧甲は身に着けず、手に剣と槍を持って裸で向き合い、ぶつかり合って戦うところに宗教的な意味はないようで、服が貴重といった物資の問題から裸で戦うことが習いとなている感じ。絵にしたら笑いも浮かびそうだ。

 そうした文化レベルの設定もユニークなら、説明もそれほどなしに水鏡をのぞくことによって異能が得られるといった設定が、とくに神様の類を絡まずポンとあたりまえのように提示されるところも面白い。イルケもそうやって鏡をのぞいたら人馬になってしまったという。

 奴隷として暮らしてきたフランはまだ水鏡をのぞかせてもらっておらず、発動させる異能はなく、それで牛の怪力を持ったトウメスを迎え撃たなくてはならないところが大変だけれど、そこをどんな戦い方で切り抜けるのかがひとつの読みどころ。そうやって終えた戦いの果てに、オウメスによる謀略が成功していたのを聞いてぽかんとするところも、情動より情景の描写を尊ぶこの作品らしさが漂う。

 同じ芝村裕吏による「マージナル・オペレーション」シリーズにも似た、乾いた雰囲気の読み心地を持った戦記であり年代記。トウメスを排除してオウメスが支配し、宰相に意外な人物を迎えたコフがヤニアと、そこに暮らすようになったフランに対してどのような態度に出てくるか。イルケが気に行っているというフランが、人馬の姿となったイルケをどのように愛するのか。そんな興味を抱きつつ、力を得たフランが次に打つ手を見極めつつ、多島海でどう立身出世を遂げていくのかを見守ろう。


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