キリノセカイ 1.キオクの鍵

 ゲームのノベライズというものが既にあり、最近ではボーカロイドの楽曲を題材にした小説というものあって流行し、ちょっとした人気となっている。他のメディアで紡がれた世界が小説化され、話題になるという流れ自体はだから、それほど珍しい話ではない。

 それでも、オーディドラマ発というのは、過去にあまり見あたらない展開の仕方。それが、ラジオドラマのような旧来からある場所でなければCDでもなく、iTunesでの配信でトップセールスを記録していたりする作品というのも、時代の流れとして目新しく、そして未来への可能性を感じさせる。

 店頭に並ぶ角川ホラー文庫の1冊に、オーディオシネマ最大のヒット作と銘打たれていて、これはと手に取ることになったのが、平沼正樹の原作で、湖山真が小説を担当した「キリノセカイ1..キオクの鍵」(角川ホラー文庫、552円)。8年前に突然、どこからかわいてきた霧によって覆われてしまった東京が舞台だけれど、コナミのゲーム「サイレントヒル」のように、異形の存在が跋扈するようなホラー的世界観を持った話ではない。

 霧の奥から化け物が出て来て人を襲うこともなければ、霧に入った人間がどこかに消えてしまうこともない。ホワイトアウトしてしまいそうな濃霧の時もあれば、うっすらと向こうが見える時もあったりと状態もバラバラ。そもそも普通の霧のような水分ではないらしい。

 それでも、向こうが見通せないことは社会に大きな影響を与えていて、過去には着陸しようとしていた飛行機が事故を起こして乗員が全員死亡したこともあった。そして、その飛行機事故によって脳外科医の妻を失った元刑事の仙堂という男が、この物語の主人公。事故の前日には自身も追っていた事件の犯人に撃たれて脚を負傷し、また人質にとられていた子供を撃ってしまって責任をとって刑事を辞め、今はタクシーの運転手をしていた。

 そんなある日。乗客を送り届けた帰り、道を走っていたところに横転したトラックがあって、そおから逃げ出したらしい1人の女性と少女を見かける。少女は仙堂のコートを借りて逃げ、負傷していた女性は仙堂が連れてその場を離れたものの、事故現場で銃を向けてきた警備員らしい男が追いかけて来た。

 その彼から逃げようとしたのか、それとも理由があって自らを始末しようとしたのか。女は撃たれて海に消え、仙堂は鳴り響く異音の中をその場から離れ、思い当たった節でもあるように東京タワーが建っている場所へと赴くと、そこにはさっき別れた少女がいた。

 死んだはずの妻にどことなく似た面影を持った少女。名をミアというらしい彼女は、とある実験のために作られた人工的な存在だった。そして海に落ちた女性も。さらに、街には同じような存在がいて、ミアはそれらと会うことを目的にしていた。聞くといずれ狂うことになるらしく、既に狂ったものも出始めていた。

 急ぐ仙堂。その前に彼がかつて撃ってその後、意識不明の状態が続いていた男が現れた。狂ったように兄の仲間達を惨殺した後に。

 いったい何が目的でミアたちのような存在は生み出されたのか。仙堂の妻が死んだ飛行機事故に遭ったという元都知事は、本当にそこで死んだのか、後をついだ現職の都知事が行方不明になってそして現れ、奇妙なことを言い始めたのは何なのか。高度なテクノロジーの産物でありそうな霧の正体と、それが東京にばらまかれた目的は。幾つもの謎を追いかけることによって、これからの展開は進んでいくことになりそうだ。

 そもそも仙堂の妻は本当に死んでいるのか。そんな謎もあり、また仙堂の元同僚で心臓の悪い娘を持った刑事の存在も絡んできて、様々な思惑が交錯する展開が繰り広げられそう。その先にて現れるのは、科学的に世界を脅かそうとする悪巧みか、それともオカルト的に世界を陥れようとする妄執か。

 それを早く知りたかったら、続きとなるオーディオシネマを聞けば良い。店頭に行かなくてもネットから簡単に購入できて、読まずとも聞くだけでストーリーが頭に入ってくる。実に簡単。とはいえ、聞いてしまうと本を開いて物語を追う楽しみが減ってしまう。どうするか。とりあえず2巻が出るまでは我慢。それから決めよう、小説とはまた違う部分もあるらしいオーディオシネマを聞くかどうかを。


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