きみを死なせないための物語1

 萩尾望都の「スター・レッド」があり、竹宮恵子の「地球へ…」があり、山田ミネコの「最終戦争」シリーズがあり、水樹和佳子の「樹魔・伝説」があり佐藤史生の「夢見る惑星」があったあの時代。宇宙時代の人類の未来などが壮大なスケールで描かれた少女漫画のSFに触れた者たちが、今また感じるSF少女漫画の波動。人類と宇宙の未来を描き、生きる厳しさと愛する大切さを感じさせる物語として、吟鳥子が描き、中澤泉沙が作画協力をした「きみを死なせないための物語1」(秋田書店、429円)が刊行された。

 何かの理由あって住めなくなった地球を脱した人類は、コクーンと呼ばれる宇宙に浮かぶ巨大な都市に暮らすようになっていた。そんな人類から生まれてきたのがネオテニイと呼ばれる新人類たちで、宇宙に適応したためか寿命が極端に長く、中には数百年を生きるものもいるという。

 そのせいか成長も人類に比べてゆっくりしていて、20歳くらいになっても見かけは子供のまま。それでいて早熟なのか頭も良くて、早いうちからいろいろと発明や発見をしてコクーンの科学や経済の発展にも貢献しているらしい。それだけにネオテニイは貴重な種族としてコクーンの中で優遇されており、普通の人類たちから強い関心を寄せられている。

 物語にはそんなネオテニイの4人が主要なキャラクターとして登場する。アラタとシーザーとルイは男子でターラは女子。そのうちの3人が3世代目という中にあって、アラタは始祖ともいえるネオテニイから直系の4世代目に当たっていて、周囲からかけられる関心もいっそう高かったりしていた。

 4人は出会って最初は幼なじみに近い第一パートナーという関係を結び、そして長じてキス程度のちょっとした性的接触も許されるだろう第二パートナーになるかどうかといった段階に来ている。優れた遺伝子の持ち主たちを結びつけ、優れた子孫を残したいという思惑もあってか、互いを意識するよな状況に置かれる中で、ターラやアラタ、シーザーは心を揺らし、誰が誰を好きなのかといったすれ違いのような関係も生まれ始める。

 そうした中にあってひとり孤高を行くのが芸術家気質のルイで、監視カメラの目も届かない京都コクーンにある歓楽街で出会った祇園という名の、こちらはネオテニイではない普通の少女に惹かれてしまったあたりから、アラタたちの運命が大きく揺れ動き始める。そして迎えたある事態。そこで起こったある事件が彼ら、彼女たちに決断させる。きみを死なせたいことを。

 ゆっくりと成長して長く生きるネオテニイは、家族や兄弟との間に時間のズレが起こる寂しさを避けることができない。だからこそ同じネオテニイたちの間に親しい関係を作らせ、共に同じ時間を過ごしていけるように仕向けられているのだろう。それでも、押しつけられた関係に常に従っていらえるほどネオテニイは子供ではない。登場時にすでにアラタたちは20歳ほど。体は子供でも心は十分に成長している彼ら彼女たちがの姿が第1巻でまず描かれる。

 そして起こった事件の後、アラタやターラ、シーザー、そしてルイがどのように変わっていくかがが物語では展開で描かれていく。20歳の時の衝撃的な経験は、アラタたちの心にどれけの深い傷を刻んだのだろう。それを乗り越えることはどうやら容易ではなさそう。それでもアラタは逃げることなく、祇園の残り香にも似た存在を慈しんで育もうとする。それは贖罪なのか。それとも自らが深く考えることのない死への嫌悪なのか。進む展開の中で明らかにされていくだろう。

 そもそもどうして地球から人類は離れざるを得なかったのか。そして遠くへと人類が向かおうとする話は禁忌とされているのか。コクーンでの人類の暮らしは本当に安泰なのか。閉塞的な空間に甘んじて生き続けるのではなく、飛び出して地球という世界、あるいはもっと遠くをも視野に入れて物語が広がっていくことになれば、そこには人類というものがいつか直面する衰退から滅びへの先を考える道が示されそう。そんな展開を想像しながら、愛を育み命を尊ぼうとするネオテニイたちの姿を追い求めていこう。


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