けんぷファー

 少年が可愛い女の子に変身してしまうという、そんな設定を持っているだけで星を2つ、上乗せしたくなるのは当然として、築地俊彦の「けんぷファー」(MF文庫J、580円)の場合、プラスアルファで展開のテンポの良さがあり、リズム感の豊かなキャラクターの語り口があって、ぐぐっと引きつけ読ませる巧みさが、上乗せとなって星6個は付けたい気にさせられる。

 シンプルだけどそれだけに、くっきりと浮かび上がるイラストの美少女の可愛さも合わせれば、星10個を付けても構わないとすら感じる人もいるのかも。10個の星といったらサッカーJリーグの鹿島アントラーズが、あと1冠で10個の星を1つの大きな星にまとめてユニフォームに付けられるようになるらしいが、見た目ならやはり10個の星をずらずらと、並べた方が迫力もあり実感も湧くと思うのだが、これは「けんぷファー」とはまるで関係ない話。

 さて本編はと言えば、目ざめて洗面台の前に立つと、正面の鏡に映っていたのは極上の美少女。何でそんな所に美少女が、と動く自分の仕草に合わせて鏡の美少女も手足を動かす。ということはつまり、自分が女の子になっているということ? 傍目には何とまあお約束的な展開だと思わせながらも当人にとっては一大事。驚くその高校2年生・瀬能ナツルに、部屋に置いてあった、とある知り合いからもらったという、臓物をぶちまけたグロテスクなフォルムと、ハラキリトラという猟奇的な名前を持った縫いぐるみが「それは証しです」と言葉を発してナツルに喋りかけて来た。

 そのハラキリトラが語るには、ナツルは「ケンプファー」という存在に選ばれたので、戦わなくてはならないなとこと。意味不明。どうして「ケンプファー」は戦うのか。それでどうして自分は女の子になってしまったのか。部屋のハラキリトラに訪ねても納得のいく答えは得られない。そもそもどうして「ケンプファー」になるのは女の子なんだと聞くと、ハラキリトラは「ケンプファー」になるのは女の子だと相場が決まってて、だから「ケンプファー」に選ばれたナツルは、女の子になってしまったのだという、分かったんだか分からないんだか不明極まりない理由をナツルに告げる。

 なおも意味不明。とはいえ現実に起こってしまっていることだから認めざるを得ない。それにずっと女の子の格好でいる訳ではなくて、時間が経てば元の男のナツルに戻ってしまうらしく、それ故に人前で「ケンプファー」になると大変だという不安感が、ナツルを包んで焦らせる。加えて学校に行く途中の路上で、学校でも1、2を争う美少女にして趣味は“臓物アニマル”の収拾と頒布という沙倉楓と話している最中に、腕の印が光り出して「ケンプファー」への変身を促される。

 理由は別の「ケンプファー」が現れたから。それも柄の悪い話し方で下品極まりない言葉を吐く少女が現れて、「ケンプファー」としてナツルを相手に闘いを挑んで来た。ナツルは沙倉楓の目をうまくごまかし、銃使いの「ケンプファー」と一戦交えようとしたものの、実は同じ色の腕輪を持った見方どうしの「ケンプファー」だと判明。別れて学校へと行き、本当はおとなしくて控えめな性格をしているにも関わらず、「ケンプファー」になると途端にガラが悪くなる美嶋紅音と再会し、図書室で情報交換していた所に今度は本当の敵の「ケンプファー」が襲ってきて、かくして戦いの幕が切って下ろされた。

 それが女の子でなくちゃいけないという設定は、ビジュアル面から言えば至極当然とも言える設定で、結果なかなかに麗しいバトルの模様を文章の描写から思い浮かべ、イラストから感じ取ることができる。どうして「ケンプファー」が戦わなければいけないのかという理由は未だに分からないし、戦って破れた「ケンプファー」がどうなるのかも不明。戦って最終的に勝利をつかんだ果てに得られる何かがあるのかも見えない。そうした興味でしばらくは引っ張っていってもらえそう。

 沙倉楓が「臓物アニマル」を大好きなのは何か理由があるのか、それとも単なる趣味なのか、交替する前のしずかちゃんの声で喋るハラキリトラに口の悪い田村ゆかりのような(蘭花?)セップククロウサギに水樹奈々みたいな越えのカンデンヤマネコのほかにもどんな「臓物アニマル」があるのかも、是非に知りたい疑問のひとつ。沙倉楓と「ケンプファー」になった瀬能ナツルが見た見た映画「進め臓物アニマル 血まみれ獄門丸かじり」には野村道子に田村ゆかりに水樹奈々が主演しているのかも知りたい。というより見てみたい。

 何より女の子になってしまった男の子が、ぴらりとめくって身に着けているものの色や形を確認して、ドギマギしたり焦ったりするシチュエーションの甘酸っぱさ。「転校生」に代表されるあの感情と官能が羽根でさわさわとくすぐられるような感覚を味わえるのはやはり嬉しい。ナツルが密かに心寄せていた沙倉楓から、女の子になった時のナツルが好きだと言われてしまう悲喜劇とか、やっぱり女の子になったナツルを慕う下級生の女の子の登場とか、ハーレムなんだけど百合めいたカラーにあふれた展開も、ありがちだけれどなかなか愉快。

 とりあえず進展が見られたなかで帰国して来たナツルの幼なじみの少女が、次巻以降どう物語に絡んでくるのか、それから魔法と銃と剣がある「ケンプファー」のナツルと同じ青チームにはまだいない剣の「ケンプファー」が誰で、対する赤チームの魔法使いと銃使いが誰なのかにも興味が及ぶ。キャラクターの意外性で驚かせつつそのあたりを描いてくれればさらに楽しく驚きにも溢れた物語になるだろう。でも女の子になってしまうナツルの自分を探求しまくり、周囲の女の子たちを観察しまくる描写も忘れずに。絶対に絶対に忘れずに。


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