演奏しない軽音部と4枚のCD

 角川学園小説大賞に「なしのすべて」という作品を応募して優秀賞に輝き、それを改題した「“菜々子さん”の戯曲 Nの悲劇と縛られた僕」(角川スニーカー文庫)を刊行して、ライトノベルにしては異色のミステリーとして評判を得た高木敦史。いわゆるライトノベルに分類されるカテゴリーで活躍していたが、ミステリとSFの殿堂ともいえるハヤカワ文庫JAから「演奏しない軽音部と4枚のCD」(640円)という作品を出した。

 同じ角川学園小説大賞のヤングミステリー&ホラー部門を受賞した米澤穂信をはじめ、ライトノベルのレーベルから世に出て、後に一般小説に近い場所で青春を題材にしたミステリーを書いて人気となる作家は少なくない。高木敦史の場合は、デビュー作自体がライトノベルのレーベルでは異色で不思議な構造で、どこまで受け入れられたか難しいところ。それだけに、ミステリーにも強い版元からの新シリーズの登場は、より広いフィールドへと進んでいける可能性を作家に与えたと言えるだろう。

 それにはまず、この「演奏しない軽音部と4枚のCD」が世間的に評判にならなくてはいけない。そしてこの作品は、評判になり得るだけの面白さを持っている。

 音楽という要素をひとつの軸に起きつつ、その音楽にマニアックで一般ではまるで知らないバンドやミュージシャンを選んで、推理のきっかけを作りあげていくところがひとつの特徴。あまりのマニアックぶりに、もしかしたら架空のミュージシャンではないのか、といった思いも浮かぶけれど、冒頭の「ザイリーカ」という作品に出てくる、CDを4枚同時に鳴らさなければいけない音楽は、実際に存在するものらしい。

 そんなCDを1枚だけ選んで遺言のようにして残し、病気でなくなった叔母が切り盛りしていた中古CDショップを尋ねていった姪の楡未來と、彼女の通う高校にある軽音楽部で音楽を奏でず、ただ聴いているだけという部員の塔山雪文という少年が、CDに秘められていた叔母からのメッセージを解き、その無念というか想いといったものを明るみに出す。

 それが4枚で1組のCDの1枚であることに気づかなくてはならない。そして同時に鳴らすための装置を準備しなくてはならない。未來にはなくても、連れて行った雪文にはあった音楽の知識が糸口となって、少しずつ叔母が言いたかったことが見えてくる。

 1年前に母親の法事で会った叔母は、信頼できる男の子の友達、できれば音楽に詳しい友達を作れと未來に言っていた。それから1年後の死。そこには予言があったのか、置かれていた境遇から遠からず音楽を使った謎を未來に仕掛けるつもりがあったのか。実際、叔母はシビアな境遇にあって、決して幸福とは言えない死を迎えた。もっと早くどうにかしてあげられなかったのかと憤りも浮かぶけれど、そこで誰にも頼らなかった強さが、驚くべき謎の提示につながった。そうと思うと、彼女の気丈さを讃えたくなる。

 続く「コンタルコス」というエピソードでは、文芸部の部長がコンテストに応募し入賞の芽が見えていたライトノベルが、同じ部員の書いたものを盗作したのではないかといった疑問が浮かぶ。部員だった未來が雪文に相談を持ちかけたことから、その小説に登場した音楽をヒントに疑問点が浮かび、謎が浮かび上がって明らかになっていく。

 ギターの演奏が入ったCDだけれど、普通の演奏ではないという知識が糸口となって事件が解決へと導かれる「無限大の幻覚」というエピソードも、ポップスやロックを聴いている程度の音楽の知識では真相にたどり着けない。読むことによってそんな音楽があるのかと勉強になる。ジム・モリソンが率いたドアーズの名曲「ハートに火をつけて」が取りあげられた同名のエピソードも、有名すぎる楽曲の裏にある知識が連続して起こった放火事件の真相へと少女や少年を導く。

 古書に関する知識が事件を真相へと導く三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」の音楽版とも言えそうな設定とストーリー。ということはビブリアくらいのヒット作へと成長していく可能性もあるかというと、栞子さんのように楚々として深い知識を持った才媛が登場しないところに難があるかもしれない。

 何しろ登場する女子のキャラクターがほぼ全員強すぎる。わけても文芸部部長の廿日市先輩は、憎い相手をネットを駆使して誹謗中傷の海に沈めてケケケケケを笑うような感じの性格。その美少女ぶりと相まって凄絶な印象を醸し出す。そんな先輩に詰めより、話を聞いてくれなさそうだと見ると読んでいる漫画のネタをばらすぞと脅す楡未来も相当な女傑だけれど。

 そんな未來にも、自分を犠牲にして誰かを助けたいという優しさがあって拍手喝采。だからこそ音楽には詳しくても、面倒くさがりやな雪文もやれやれと重い腰を上げて、持ち込まれる事件の解決に協力したのだろう。

 強烈なキャラクター性はなるほどライトノベル出身者ならではの特徴。そして事件は超知識的。読みやすくて面白く、楽しくてそしてとてつもなく深い青春ミステリーとして、これから評判になっていくだろう。シリーズとして続くことをひとまず願いつつ、高木敦史という作家の活躍を見守ろう。


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