風見夜子の死体見聞

 死体が視えるとして、それは普通の人には視えなくて、そしていつか本当に誰にでも視えるようになるもので、つまりは未来の死体が視えてしまう少女にとって、人生は果たして面白いのか、それとも辛いものなのか。

 見知らぬ誰かが遠からず死体となって、そこに転がるだけだと割り切れば、単純に未来を先取りして、視ているだけだと思えるかもしれない。けれども、そんな見知らぬ誰かだって、さっきまで生きていた人間であって、それが死体になって転がって人生が断たれてしまうことに、何の感情も浮かばないという人間はなかなかいない。もしかしたら止められるかもしれない。そう思って頑張ってみたくなる。

 ましてや見知った人間が、死体となって転がることが分かっていて、どうして止めずにいられよう。けれども、止めようとして死体になって転がる場所に行くのを止めようとして止められず、視たままに死体となってしまう経験を、何度も何度も積み重ねていった心はきっと、痛みに破れてボロボロになり、苦しみに流す涙すら涸れ果ててしまのではないだろうか。

 第3回富士見ラノベ文芸大賞で金賞となった、半田畔による「風見夜子の死体見聞」(富士見L文庫、580円)はそんな、死体が視える異能を持って育った風見夜子という少女と、彼女の幼なじみともいえる凪野陽太という少年の物語。幼い頃に2人は知り合って友達になったけれど、そんな夜子の口から出てくる死が視えるという話におののいたのか、陽太はだんだんと離れていって、そして高校2年で同じクラスになって“再会”を果たす。

 いや、もうずっと陽太の家が経営する食堂に夜子はやって来て、親子丼の大盛りなんかを頼んで平らげていた。陽太はそこに注文を取りにいき、注文された品を運ぶことはしていたけれど、会話が弾むようなことにはならかった。ところが、そんな陽太自身が死体となって転がる可能性を夜子が告げたことから、2人の時間は再び重なるようになっていく。

 交差点に行くな。行けば鳥を潰してそこで死ぬ。そんな夜子の“予言”を信じないようにして、けれども引きずられるようにして現場に行ってしまう陽太。あるいは“予言”そのものが死を引き寄せ運命を確定づけていたのかといった雰囲気すら漂うけれど、だからといって夜子が告げなければ、陽太はきっと何も知らずに交差点に行って、そこでトラックに跳ねられ死んでいただろう。

 それくらいに強烈な的中率を誇っていた夜子の死体を視るという能力。何度も止めようとして止められなかったの分かるだろう。そのことに心を膿み、疲れ半ば諦めてすらいたことも。けれども陽太は守りたかった。だから告げて信じてもらえなくても、運命を変えようとあがいて初めて、陽太を死体にしなくて済んだ。

 そこから2人は仲直りこそしなかったものの、運命を救われたこともあって陽太は夜子が誰かの死体になる運命を変える手伝いをするようになる。とはいえ美少女でも口は悪く、陽太に向かって皮かむりだの包茎だのと口走る夜子。その悪態に耐えつつ、夜子が幼い兄妹の死体になる運命を変えるためだと自分の家に2人を監禁する無茶も、犯罪者にならないように配慮しながら頑張る、その先に謎の男が現れる。

 運命を変えようとする2人に先んじて、死体になる未来を引き寄せ続ける謎の男。いったい何者? 最初は常に死体が現れる現場に居合わせる夜子が死神だと言われていた。けれども彼女は視てしまった死体が本当の死体にならないようにならないかと、その場に居合わせてしまっただけだった。すると本当の死神が? そんなオカルトめいた設定があるのか、それとも単なる偶然か。分からない設定を抱きつつ2人による救済と、そして運命との闘いはまだまだ続きそうだ。

 死体になる運命にあった兄妹を監禁して安心させようとしても、その監禁場所で着せている服に未来の死体が来ている服が替わっていたりするくらい、運命は強固で変えづらい。そこを夜子と陽太がどうやってしのいで、人々を死から奪還するのかもひとつの読みどころ。本当の死が近づくに連れて、夜子だけは視える死体に触れられるようになって、見聞できることも打開の鍵となっている。うまくいっているようには思えないけれど、それでも必死さが救いをもたらしている。あるいは陽太という存在に、運命を変える秘密があるのかもしれない。

 あとはやっぱり夜子という少女が口走る悪口か。それは陽太にとって酷いものだけれど言われているうちに快感も走ってくるから不思議というか。そうした性癖を持った人なら読んで嬉しい物語。どんな罵倒が気に入った?


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