禍都
City Catastrophe

 いくら文明の利器が世間に行き渡ったところで、それを拒否して質素に慎ましく生きるというものが、妖怪変化の類に課せられた使命であり、また妖怪の守るべきプライドであると思っている人は、今でも意外と多いでしょう。ですから「ゲゲゲの鬼太郎」が、4LDKの高層マンションに住んで片手にワイン、片手にリモコンを持ちながら、デジタル衛星放送をザッピングしている様なんて、あまり想像したくありません。猫娘が「トーキョー・ウォーカー」片手に銀座だ渋谷だ元町だと飛び歩いている様を、信じることができません。目玉オヤジがフェラーリに乗って、ってこれは流石に身長が足りないから無理でしょうね。

 文明にどっぷり使った鬼太郎一家には、妖怪退治の依頼は郵政省メールなんかでは出せません。物理的に手紙を受け取り返事を出すなんてこと、文明化された彼らがする訳がありません。そうです「電子メール」です。鬼太郎のホームページ(http://www.kitarou.yokai.jp)にアクセスして、用意されているフォームに必要事項をかき込んでから、「mail to」で鬼太郎の「妖怪メールボックス」へと送るのです。それ意外の応募は受け付けないとのこと。インターネットにアクセスできない人は、きょうび妖怪退治の依頼も出来ないんですね。

 依頼には「妖怪ポスト・ペット」という、彼らの開発した新しいメールソフトも使えます。熊ならぬ一反木綿もしくは子泣き爺がメールを運んでくれるのですが、丑三つ時になると勝手に飛び回っては、塗り壁やら砂かけ婆やらぬらりひょん死神やらを連れ帰って自分の部屋で酒盛りを始めるので、夜遅くに「妖怪ポスト・ペット」を起動させてはいけませんよ。動作の保証はしても命の保証はしないそうですから。

 そんな馬鹿なって思った方。妖怪は今でも慎ましい生活を送ってるって信じているあなた。遅れています。証拠ですか。お見せしましょう。徳間書店から出た柴田よしきさんの「禍都」(952円)を開いて下さい。そこには文明にどっぷりと浸り、文明をてきぱきと使いこなすナウ(死語)な妖怪たちがたくさんたくさん出て来ます。例えば三善坊。銀閣寺を見おろす如意ヶ嶽の草深い山奥に住む天狗で、前作「炎都」でも大活躍をしましたが、彼は実はパソコンネットワーカーとしてちょっとは知られた存在なのです。

 今日も銀行の回線を勝手に使ってネットにアクセスした三善坊は、「三善愛子」のハンドルネームで勉強とスポーツの板挟みに悩む男の子に答え、「三善まりこ」のハンドルでフラれた女の子を慰めています。なんてお茶目。ところがそんな仮面ハンドルで遊ぶ彼のところに、「真行寺、おまえは今、どこにいるんだ?」と問いかけるメールが届きました。真行寺とはそう、「炎都」で一条帝の生まれ変わりと解り、けれども紅姫に連れられて時空をさまよっている男性です。行方不明になってからも、真行寺のIDが使われ続けていることに気づいた、真行寺の親友でCGガッパ製作者の松島が、不審に思いつつももしやと願って出したメールだったのです。

 無骨な指で電子メールを操る天狗の姿も、なかなかに滑稽なものがありますが、三善坊がメールを受け取るしばらく前、発見された謎の文字に秘密を探りにサイパンに渡った者の中にも、三善坊に輪をかけてお茶目でスノッブな趣味を見せる妖怪変化の一味が登場します。名は「珠星」。そう、「炎都」で主人公の香流といっしょになって大活躍し、京都の街を救って後にゲッコー族として一族の記憶を子孫に伝えて消えていった、あの勇猛果敢な雄のヤモリの、いわば生まれ変わりです。

 ゲッコー族は生まれ変わった時に記憶を受け継ぐことになっているのですが、生まれてから四カ月した経っていないため、「珠星」はうっすらと「木梨香流を助けること」を覚えている程度です。けれども香流の顔を知らないため、今はただ大きくなるために、マンションの窓にはりついて虫をぱくぱくと食べていました。そこに現れたのが十文字雄斗、大学院で古代地理学を研究している青年です。先代の「珠星」と面識のあった彼は、テレパシーを発していたヤモリを見て「珠星」と気づき、あれこれ話しかけてきます。

 頭は良さそうなのですが、どこか野暮ったいところのある十文字に、「珠星」は「”クラッシー”とか読めばよい」とか「『男たちの書いた絵』のトヨエツって危険な香りに満ちていて最高なのよ」とか、とにかく当世のOLが喧しく友人たちと語らうような話題を次々とぶつけます。それくらいならまだちょっと世間に詳しいヤモリ程度と(もちろん現実には存在しませんが)笑って納得できるでしょう。

 けれどもこの「珠星」、あろうことかサイパンで発見された謎のアルル文字の実物を見に、十文字がサイパンへと向かった旅に同行し、あまつさえ全身の皮膚をブラに、シャツに、ストッキングに、ソックスに、靴に、その他もろもろの衣裳に変えて人間の姿になって十文字の前に姿を表します。そしてその美貌で男たちを悩殺し、プールサイドでトロピカル・ドリンクを愛飲し、さらにはデューティーフリー・ショップでフェラガモの靴まで買いものしてしまうのです。なんとまあスノッブな妖怪変化だことでしょう。

 そんな新しいもの好きの「珠星」ですが、アルルの文字が「桃太郎」の物語を語っていることを発見した十文字とともに日本に帰り、日本を襲った未曾有の災厄のなかにその身を投じます。ビシマと呼ばれる金色のカタマリを内包し、何人たりとからも脅かれることのない力を得た、およそホタルに近い姿形の怪物が京都の街を飛び回っては、人を襲っていたのです。それは、黒き神々と呼ばれる存在の復活を希(こいねが)う勢力がもたらしたものでした。

 人間の天敵ともいえる怪物たちには、戦闘機による攻撃も、地上からの砲撃もまったく利かず、紅姫が起こした前の事件では、ナタを振りかざして妖怪たちと闘った香流も、打つ手がまったくありませんでした。そこにサイパンから戻った珠星と十文字たちが、パソコン通信によって連絡をつけた三善坊といっしょに京都に来臨し、香流たちと力を会わせて怪物に立ち向かいます。

 災厄から京都を守るために、珠星が記憶の彼方から呼び出した術の成果には、過去に類を見ないスケール感があって、正直腰を抜かされます。パソコン通信を操る天狗を生み、”クラッシー”を読みフェガモで靴を買う(型押しのリザードではないと思うのですが)イモリを創造してしまうその思考方式も合わせて、例えばスーツで決めたスノッブな神様が登場し、海を渡る船が海面に浮き上がって初めて巨人の頭に乗っていたことが分かった、あの傑作映画「バンデッドQ」のスタイルに、どこか愛通じる面白さを感じました。前作「炎都」でガッパな妖怪を創造し、ナタで首をちょんぎらせた柴田よしきの、ありていなSFにも伝奇ものにもホラーにも縛られない発想力は、やはり並ではありませんでした。

 クライマックス近く、紅姫に連れられた真行寺君之を探して時空を超える香流の情熱には心打たれます。使命を果たし、靴の行方を気にしながらも十文字の前から身を引こうと決心する珠星の優しい心根にも、じわっと涙が出てきます。詳しいことは書けませんが、たとえ○○○なイモリであったって、桜井幸子に変身してくれるなら全然良いではありませんか。ときどきアジャ・コングに変身するのや弱り者ですが。

 ともかくも闘いはまだまだ始まったばかりです。再開の喜びも、別れの悲しみも束の間に、やがて訪れるであろう災厄の日々に、香流や君之や珠星や十文字たちはどう立ち向かって行くのでしょうか。炸裂する作者の想像力が次に見せてくれる仰天なビジョンとともに、期待は高まる一方です。


積ん読パラダイスへ戻る