樫乃木美大の奇妙な住人 長原あざみ、最初の事件

 「探偵役ともいえるキャラクターの退場、名脇役になり得た女性アーティストの隠棲といったものがあって、この後にドラマを続けられるのかといった問題も浮かぶ。続けさせるのなら救済が必要だし、その時にはやはり主人公たちが長期に挑むべき線のようなものが必要となるだろう。単巻として読むとするならこれで良いのかもしれないが、その後を予感させるような道も必要。そんな気がする」

 角川文庫が第1回キャラクター小説大賞というものを立ち上げて、その選考委員を務めることになって判断を求められた作品の中にあった、柳瀬みちるによる「美大探偵(仮)−《カジヤ部》部長の小推理−」という原稿を読んで、気になったポイントを挙げていったメモの最後にこう書いた。

 その後、選考を経て大賞に輝いて、題名を「樫乃木美大の奇妙な住人 長原あざみ、最初の事件」(KADOKAWA、560円)と変えて出版されたこの作品は、応募時の原稿で気になったポイントが完璧なまでに手直しされていただけでなく、新しい題名に相応しい、ひとりの新人美大生がいろいろと困難に直面しながらも、周囲の助けを得たり、自分自身が奮起したりして乗り越えていく、成長の物語になっていた。

 応募字の題名から想像できるように、この話は「《カジヤ部》部長」こと梶谷七唯という青年を一種の探偵役として、ヒロインと対になる主役級の立ち位置を与えて事件の解決に当たらせる、一種の学園ミステリーになっている。樫乃木美術大学の立体造形科に入った長原あざみという女子。どこかコミュニケーションに難があり、金木犀が香る季節になっても友人のひとりもいなかった彼女に、同じ立体造形科に所属する橘真一郎が制作していた美術作品を壊してしまった嫌疑がかかる。

 もちろん犯人ではないものの、言葉に詰まって反論できずにいたあざみを助けたのが、名前だけ貸していたあるサークルの部長という青年・梶谷七唯だった。カジヤ部なる何をやるか分からない部の存続に協力してくれたあざみを見捨てるわけにはいかないと、梶谷は現場を見て事件を解き明かし、その上であざみを幽霊部員から本当の部員へと迎え入れる。

 最初の事件で被害者だった橘もそこに加わって進んでいくのは、美大の中で起こるちょっとした事件になぜか挑むことになったあざみや橘たちの日常。何をするでもないサークルに所属し、居場所を得たあざみたちの前には、事件とはいえないまでも謎めいた出来事が起こって、それを結果として解決していく羽目になる。

 難解な事件の謎を解き明かすような超推理ではなく、見たところや感じたところから類推して結論を導き出す“小推理”。そこに意外性はなく驚きはないけれど、誰かが密かにかかえている悩みのようなものを感じ取って、最善の道を示してあげるという展開が、呼んでいてとても清々しい。

 読者モデルとして活躍していながら、時間ができると図書館のパソコンを使って何かこそこそと作業をしている美少女の秘密を解き明かし、その悩みを解決してあげる。大学のサークルで作られているゲームにバグが何度も発生し、完成しないという問題の裏側にあったある女性の“想い”のようなものを暴き、事態をスムースに収めてみせる。

 そんなミステリ的な謎解きを楽しめる上に、美大という場所に少し絡んだ出来事を見せ、そこに生きる人たちの生態を見せ、そして望むべき道を見せてくれる。何より登場するキャラクターたちの、実に生き生きとした雰囲気に引っ張られ、遠く過ぎ去った大学の日々に連れ戻してくれる。美大という大勢にとっては見知らぬ空間への興味とともに。

 クライマックスに、梶谷にとある嫌疑がかかって、それを晴らそうとするストーリーがちょっとスリリング。真相を究明するために、あざみが捜査めいたものに乗りだし探求していくドラマを楽しめる。クリエイティブな業界にある先生と弟子、ボスと部下の関係性なようなものを見せて、今まさに話題となっているデザインに関する模倣の問題とも絡めて関心を集めそう。

 応募時にはまだ漂っていた、梶谷という人物や、彼とはライバル関係にありそうな軒端という人物の関係にウエイトをかけて、物語を収めてしまっていた部分が改められ、梶谷に漂っていた主役性をもうちょっと違った超越性にシフトさせた。これで物語は、長原あざみという、高校時代からどこかいじめられることろがあり、大学に進学しても自分というものに迷っていた少女に自覚をあたえ、自立を促しながらさらなる新しい出会いをもたらし、明日を開く青春ストーリーになった。

 近く出る続きでは、あざみのさらなる成長も期待できろう。登場人物たちが消えることもなく、居残った果てに起こるだろう混乱、あるいは競い合いといったものもあるのか。いずれいしてもここに生まれた新しい才能、多くが臨むものをきっちりを仕上げてくる筆才をまずは喜び、そして見守っていきたい。ショートヘアで口が悪く才能もあってお金に執着気味の女性という、聞くだけで魅力的な軒端さんの“活躍”に期待しながら。


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