呪法宇宙
カルシバの煉獄

 「宇宙」を創造することは神にしかできないが、想像することだったらSF作家なら誰だって軽くやってのける。SFといういジャンルが生まれた古(いにしえ)より、あまたのSF作家がそれぞれに、独創的なアイディアに溢れた思い思いの「宇宙」を想像してきた。

 ゲーム「ワースブレイド」のデザインで知られる日下部匡俊が想像した「呪法宇宙」もまた、驚くべき法に支配された「宇宙」だった。恒星ソルの惑星テラに生まれた人類が、宇宙へと乗り出してから5世紀が経った遠い未来。広く宇宙に散らばった人類だったが、分かれた先々が次第に対立を深め、星間戦争を引き起こす直前まで行ってしまった。「星輪連合」の結成によて、とりあえず危機は脱したものの、紛争の火種を残したまま、表に見えない場所でまだ対立は続いていた。

 宇宙へと版図を広げた人類はまた、自分たちとは全く異なる種族とも出会っていた。星輪連合曹長のオーガ・ソリューが降下準備を進めていた惑星カルシバ。敵に包囲された住民を救出することが、ソリューが所属する部隊の任務だったが、惑星への降下途中、謎のエネルギー弾が彼らの部隊を襲った。降下直前、ソリューに謎の言葉とともに、ある種のデータを託したクレーク少尉も、爆発に巻き込まれて飛散してしまった。

 どうにかカルシバに降り立ったソリューを、さらに新たな驚異が襲う。分厚い装甲をやすやすと切り裂く爪を持った生物や、杖(ワンド)のひと振りで金属すらもぐずぐずと溶かしてしまうヒューマノイドの出現に、ソリューはこの惑星カルシバが、ごく当たり前の移民の星ではないことに気が付いた。

 カルシバに住んでいるヒューマノイド。それは人間の物理法則を超越した力を持ち、「ソーサル・ロウ(魔法使い)」呼ばれていた。そしてソリューが与えられた新型兵器、全身を覆う分厚い装甲板もなく、折り畳み式の薄っぺらな楯を持ち、武器といえば長い枝のついた斧「ハルバード」だけというその強化服「TEMS」だけが、カルシバに住む「ソーサル・ロウ」に対抗できる力を持っていたのだった。

 しかし「TEMS」には隠された秘密があり、搭乗者たちは「ソーサル・ロウ」の攻撃と、「TEMS」の秘められた力によって、次々と斃れていった。残されたソリューとわずかな仲間たちにも、容赦なく「ソーサル・ロウ」の攻撃が降り注ぐ。かつての恋人との再会、そして仲間と信じていた者たちの裏切り。辛い闘いの渦中で、ソリューは星間を揺るがす巨大な陰謀の存在を知り、望むと望まざるとに関わらず、その陰謀に巻き込まれていく。

 強化服「TEMS」は、「宇宙の戦士」のパワードスーツや「機動戦士ガンダム」のモビルスーツに似たフォルムを持ちながらも、装甲によって搭乗者を守り、重火器によって敵を圧倒するのではなく、全身に施した入れ墨とも呪文とも取れる紋様によって、敵の「呪法」に対抗する。口絵で「るりあ046」が描いた「TEMS」のイラストも、「呪法」などというおどろおどろしい単語で支配された「宇宙」に登場するに相応しく、なかなかに土俗的・呪術的なフォルムを持っている。アニメやコミックでよく見かける、ロボット兵器や強化服とは一風違った新しいコンセプトが面白い。

 作者自ら「呪法宇宙世界の大前提を説明するイントロダクション」と定義するように、「カルシバの煉獄」では、謎の生命体「ソーサル・ロウ」の存在と、その存在を知りながら隠そうとしている星輪連合の謎に満ちた振る舞いの数々、そして「ソーサル・ロウ」が命を賭してまでも葬り去ろうとする「生なき者」の存在が示された。カルシバでのオーガ・ソリューの闘いは、人間の心に潜む狂気と猜疑心をえぐり出し、人間がお互いに対立を深めている間に、恐るべき存在がひたひたと忍びよっていることを暗示して、ひとまず幕を閉じる。

 今はまだ、カルシバの上でしか発現が認められていないため、「宇宙」と呼ぶには「呪法」はいささか心許ない。しかし続編、というよりは本編では、宇宙全体を支配する「呪法」の存在がつまびらかとなり、その上で繰り広げられる人類と「ソーサル・ロウ」、そして謎多き「生なき者」との対立が、壮大なスケールで描かれることだろう。その時になって初めて、読者は日下部匡俊が想像の限りを尽くして作り上げた「宇宙」の姿に、見(まみ)えることが出来るのである。

 エイリアンとの対立と平行して、権謀渦巻く人間世界のどろどろを描いていかねばならず、作者には相当の構成力が要求されるが、そこは全く新しいメカを創造し、そのメカが必要とされた理由を通じて「呪法世界」の存在を呈示することに成功した実力の持ち主だ。まずは期待しておいて良いだろう。


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