カルドセプト創伝
ストーム・ブリング・ワールド 星の降る都市&星を輝かせる者

 ゲームのノベライズは悩ましい。例えばキャラクターへの愛情なり劣情が先に立つゲームがノベライズされた場合、そのキャラクターに感情を傾けていればいるほど楽しめる反面、ゲームを入らずキャラクターにもまるで興味がない人間には、どこに感情を注いだら良いのか掴ませないまま、疎外感を与えてしまう。

 ファンタジー調のゲームの場合も同様で、ある程度ゲームの世界観とかゲーム内のエピソードとかを知っていないと、入り込めないケースがまま(結構)あったりする。「超人気ゲームをあの作家がノベライズ」と帯やあらすじ紹介に書いてある宣伝の言葉は、だからある意味”諸刃の剣”で、知っている人には強力な誘い文句になるけれど、知らない人いは「一見さんお断り」の看板に、見えてしまう可能性もあったりする。

 「人気ゲーム『カルドセプト』の世界観に着想を得た傑作ファンタジー」を裏表紙のあらすじ紹介に書かれた冲方丁の「カルドセプト創伝 ストーム・ブリング・ワールド」(メディアファクトリー、580円)も最初は、手に取るのに躊躇し読んでも作品に入り込めるのか心配だった。けれども読み始めてすぐに、「ゲーム」を知っていようといまいと関係ないんだと気が付いた。

 というのもこの小説、ノベライズによくあるゲームをある程度知っている人を前提に、ゲームの世界観とかキャラクターを使って、クリエーターが自分ならではの物語を紡ごうとはしていない。「カルドセプト」というカード対戦型ゲームの雰囲気や手順や要素をそのまんま、小説の中で描写していて読んでいるうちにゲームの仕組みが分かるようになっている。

 違いと言えばゲームではモニターに登場するカードが、小説では石版になっている程度。そのカードに描かれたものが象徴する力を引っ張り出し、「地水火風」のような元素風水地相なんかを考慮に入れつつ、登場人物たちがそれらを使ってバトルを繰り広げる。どの属性がどの属性に強かったり弱かったりする描写もあって、そのままゲームのマニュアルとして使えそうな気もしてしまう。

 なおかつ「ストーム・ブリング・ワールド」の場合、そうした基本的な設定なり世界観を説明しつつもしっかりと、キャラクターを立て物語を転がしドラマを生みだしているから素晴らしい。ゲームへの興味をかきたてさせ、小説としても続きを気にさせるその内容は、これこそがあるべき理想のゲーム・ノベライズではないかと思わせる。

 国を滅ぼされ敬愛していた「セプター=カルドセプト使い」の姉もその時に失い、1人生き残って静かに敵への復讐に燃えるリェロンという少年と、父に偉大なセプターを持ち、自分もそうなりたいと憧れている少女のアーティミス。「ストーム・ブリング・ワールド」はこの2人の生い立ちから成長、そして運命的な邂逅を経て進んで行く。

 リェロンが追っているのは国を滅ぼした「黒のセプター」という勢力で、カルドセプトを使って国々を混乱させ、滅ぼして回っていてリェロンの国もその攻撃に堕ち、そして今アーティミスの暮らす都市に「黒のセプター」の魔手が迫っていた。

 その都市にはセプターを養成する神殿があって、課題として出されたカルドセプトをことごとく正確に読み当てただけでなく、あるはずのない13枚目のカルドセプトからも、”何か”を感じたアーティミスも入学を認められ、今は学校を2分する集団のリーダーとして、学園生活ならではの喧騒に明け暮れていた。ただし自身は自分の才能への不安を常に抱いていて、強気な顔の裏で周囲からの期待に押しつぶされそうになっていた。

 第1巻「星の降る都市」では、アーティミスの暮らす学校に入学して来たリェロンが、学校では凡庸を装いながらも夜になれば街へと出て、都市をじわじわと陥れつつある「黒のセプター」に、「サダルメリク」と呼ばれる集団に所属するセプターで、有翼族のゼピュロスと協力して立ち向かう姿が描かれる。けれども敵もさるもので、リェロンらの頑張りを逆に「黒のセプター」の仕業と宣伝しては彼らを追いつめていく。

 セプターのお膝元での混乱に、神殿の権勢を気にしていた王都から騎士団が派遣されて来た場面で終わった「星の降る都市」から続く第2巻「星を輝かせる者」では、リェロンが遂に「黒のセプター」の奸計に落ち、神殿もかつてない大混乱へと陥ってしまう。そうした中でもアーティミスはセプターとしての才能への不安を脇に置き、持って生まれた正義感を発揮して仲間たちをまとめ、神殿も動かして都市を陥れようとする拓己に立ち向かう。

 誰にも読めなかった13枚目のカルドセプトから何かを見、また神殿へと何十年かに1度「星」として降ってくるカルド、優れたセプターとしての才能を持つリェロンにも読めなかったそのカルドから”何か”を感じたアーティミスには、果たしてセプターとしての才能があるのか、ないのか。そうした謎への回答と、正義感にあふれ誰からも尊敬された父親に、少しでも近づきたいとセプターへの道を走ったアーティミスの想いへの、壮絶な裏切りのドラマが相まって、話は急展開を見せる

 セプターとはそもそも何なのか。正義の相対性にひそむ欺瞞を衝く内容は、ゲームのノベライズという枠組みも、少年少女たちが戯れ合う学校が舞台の青春ストーリーという面持ちも超えて読み手に考えることを求めてくる。能力を駆使して戦うセプターどうしのバトルも読み応えたっぷりで、逆転に逆転で読む手を休ませないまま、壮大な「カルドセプト」の世界の中へと読者をドップリをはまらせる。

 神殿をめぐる攻防は一段落したものの、アーティミスやリェロンの「黒のセプター」との闘いはまだまだ始まったばかり。なおかつリェロンにはさらに理不尽な使命が負わされて、今後行く先々で起こるだろう無鉄砲さ故の過ちを、どうやってフォローしつつ当面の敵「黒公爵」とのバトルに突き進んでいくのか、そのプロセスでいったいどんな激しいセプターどうしの戦いが繰り広げられるのか、興味は尽きない。「嵐を呼ぶ世界=ストーム・ブリング・ワールド」に起こる嵐は、読者をも巻き込んで激しく吹き荒れ、興奮の中に歓喜の声を叫ばせてくれそうだ。


積ん読パラダイスへ戻る