「鏡の国のリトル」

「サマースキャンダル」


 手元に1枚の暑中お見舞いがあります。

 押された消印の日付は、84年7月20日となっています。まだカラーコピーもカラープリンターもなかった時代ですから、プリントゴッコのような簡易印刷機を使ったのでしょうか。裏側には、猫のような生き物を手にもったショートヘアーの女の子が、緑色のインクで印刷されています。そしてその上に、オレンジ色のマーカーで「かがみあきら」とサインが書かれています。

 84年2月に出版された、かがみあきらさんの最初のコミックス「鏡の国のリトル」(徳間書店、450円)の巻末に、アンケートを送ってくれた人に直筆イラストボードをプレゼントするという記述がありました。さっそくハガキに、アンケートの答えを書いて送りったのですが、どうやら抽選にははずれてしまったようです。しかしかがみさんは、アンケートを送ってくれた人全員に、暑中お見舞いを出したようでした。手元にあるのはその1枚です。

 デビューしたてとはいっても、コミックスを出しているプロの漫画家です。わざわざ1枚1枚サインして、もしかしたら自分で住所まで書いて出した返事を貰った方は、嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。単行本に暑中お見舞いを挟みこんで、大事にしまっておきました。

 それから1カ月くらい経ったでしょうか。8月の後半に書店に並んだ雑誌で、かがみあきらさんが亡くなられたことを知りました。8月の初旬、風邪でふせっていたかがみさんを、心配になって訪ねた人が、すでに息を引き取って数日経っているかがみさんを、ベッドの中に見つけたそうです。暑中お見舞いは、亡くなる数週間前に書かれたものだったのでした。

 それからというもの、夏が来るたびに、「鏡の国のリトル」に挟み込んだ暑中お見舞いを取り出しては、「かがみあきら」という漫画家のことを思い出しています。

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 82年の末に発売された、徳間書店のアンソロジー「プチアップル・パイ」に収録されていた「スペースオペラに酔いしれて!? ん!!」で、漫画家「かがみあきら」の名前を初めて知りました。本当は、その少し前に発売された「カリオストロの城」のムックで、クラリスとルパンが出会う場面のイラストを描いてたのを見ていたのですが、特に記憶に残りませんでした。

 本当にファンになったのは、アンソロジーの次の巻に入っていた「鏡の国のリトル」を読んだ時です。女たらしの少年が、異世界に跳ばされて少女の姿に変身して、その世界を支配する自分の分身と対峙するという、まあ、なんというか、あれな話なのですが、割としっかりした絵柄に、短い中にもしっかりとストーリーをまとめているところに惹かれました。

 83年は、その活動が一気に広がった年でした。「プチアップル・パイ」に「美少女物」を連続して発表する一方で、大塚英志さんが編集として頑張っていた「漫画ブリッコ」に、「あぽ」のペンネームで私小説風の漫画「ワインカラー物語」を発表。またくもん出版の「コペル21」にSF作品「ワンダートレック」、笠倉出版の「コミック・マルガリータ」にもやはりSF物の「レディキッド&ベビィボーイ」を連載するなど、精力的な活動を行っていました。

 最初の頃は、主戦場としていた媒体の性格上、「美少女物」の漫画家として見られていたようですが、SF者の心をくすぐるストーリー展開に、特撮者やアニメ者の琴線に触れるメカ描写で、すぐに大勢のファンを獲得したようでした。同時に漫画業界にも、女の子の絵の可愛さと、コミカルで時にはしっとり来るストーリー、そしてしっかりしたメカ描写によって、徐々にですがその名前が知れわたり始めました。

 84年に入ってからも、「ブチアップル・パイ」や「漫画ブリッコ」、「コミックマルガリータ」誌上での活動が続きます。2月には、それまで「プチアップル・パイ」やSFコミック雑誌「リュウ」に発表した短編を収録した最初の単行本「鏡の国のリトル」が出ます。またメカ描写の腕を買われたのでしょうか、いろいろな漫画やアニメのメカデザインも手掛けていたようです。夏になって2冊目の本「ワインカラー物語」(あぽ名義)も出て、いよいよこれからという矢先。12年前の夏の日に、かがみあきらさんは逝ってしまいました。

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 直後に発売された「漫画ブリッコ」に、大塚英志さんが追悼文を寄せています。内容は忘れてしまいましたが、そのなかに、近くメジャーな雑誌での連載が決まっていたといったことが、書かれてあったと思います。これが事実だったとしたら、とても残念でなりません。また悔しくてなりません。

 いちばん悔しかったのは、かがみさん本人でしょう。またデビュー当時から活動を見守って来た大塚さんも悔しかったに違いありません。後に人づたえで聞いた話ですが、かがみさんが亡くなったという話を聞いて、出版社の人間が即座に単行本の増刷を求める電話を会社にかけたそうです。大塚さんはそれを聞いていて、愕然としたそうです。

 しかし当時のかがみさんは、あまりにもマイナーな存在でした。生前に発売された単行本はわずかに2冊。これでは追悼フェアなど開きようがありませんし、「漫画ブリッコ」をのぞいては、雑誌で追悼特集が組まれることもありませんでした。ファンはひたすら、生前に発表された作品が単行本化されるのを願うしかありませんでした。

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 「サマースキャンダル」(徳間書店、480円)は、「鏡の国のリトル」と同じように、「プチアップル・パイ」や「リュウ」に発表された作品を集めた短編集です。「鏡の国のリトル」では、まだ同人誌ぽさが残っていた絵柄が、「サマースキャンダル」ではよりプロっぽくなっています。ヤマなしオチなしの話は1本もなく、絵柄だけに頼った漫画家ではなかったことを示してくれています。

 歴史に「もしも」があり得ないことは解っていますが、それでも思わずにはいられません。「もしも」かがみさんが健在だったら、「鏡の国のリトル」の78ページに似顔絵となって登場している、とり・みきさん、米田裕さん、火浦功さん、河森正治さんといった人達のように、メジャーなシーンで活躍していたはずです。

 しかし「もしも」は「もしも」でしかありません。漫画家としてメジャーシーンで活躍しているかがみさん、映画版「超時空要塞マクロス 愛おぼえていますか」に関わったことが発展して、アニメ映画のシーンで活躍しているかがみさんの姿は、これからも見ることはありません。

 かがみさんが亡くなられた後、「レディキッド&ベビィボーイ」や「ワンダートレック」などの単行本が発売になりました。かがみさんのスケッチを集めた出版物も2冊出ました。それだけが「かがみあきら」の全てです。そして12年経った今日、かがみさんの著作を書店で見掛けることはまずありません。

 淘汰の激しい業界です。忘れ去られた人は、所詮それだけの人だったのだよと言われてしまえばそれまでです。しかし1人くらいは、「かがみあきら」という漫画家がいたのだということを覚えているのだということを言いたくて、こんな昔の単行本にまつわる思い出話を綴ってしまいました。

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 先だって亡くなられた坂口尚の代表作で、名著といわれた「石の花」が復刻されました。漫画文庫隆盛の折、大判で手に入る本をわざわざ文庫化して再刊する、志の低い出版社もあります。そんな中でも、過去の名作が1つでも2つでもすくい上げらているのは、漫画ファンにとって嬉しいことです。そうした状況の中で、古本屋でしか手にはいらくなってしまったかがみあきらさんの作品が、例え文庫でもいいから、新刊として本屋に並び、新しい人たちの目にふれて、新しいファンが増えないものかと、最近強く思います。


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