成仏しなくて良いですか?

 「良いい話」「爆涙必至」といった惹句で誘って読ませて感動を呼んで涙を流させ、口コミを引き起こさせるような現象を狙っているなら、こういう展開はあまり適切とは言えないかもしれない。けれども、世界はそんなに優しくはなく、そして人の恨みも簡単に晴れるものではない。だとしたら、雪鳴月彦が「成仏しなくて良いですか?」(スカイハイ文庫、720円)で描いた少女の浮遊霊をめぐる除霊と調伏の物語は、実に正鵠を射たものなのかもしれない。

 主人公となるのは2人。ひとりは女子高生の菜野宮菫だけれど、実は既に死んでいて通学途中に車にはねられ命を落としただけに留まらず、その場所で悪霊になりかけていた。過去に起こった事故で死んだ者の霊が、後から来る者たちを引きずり込んでいたらしい。そうやって悪霊の連鎖に取り込まれそうになっていた菫を救ったのが、矢式森純一という男だった。

 こちらは霊媒師。ただしモグリの。腕は良いものの他の霊媒師のようには商号を登記していないため、ネットなどを通して除霊の仕事を募っていた。菫と知り合ったのもそんな仕事の現場で、祖父母に育ててもらった菫が、強く心に残っていた両親への思いから完全に悪霊かしていなかったのを見て救い、そのまま自分の事務所に居着かせる。

 そんな2人がコンビを組みように出かけていっては、アパートに現れるという女の霊を取り除き、交差点からだんだんと自分の部屋へと近づいている女の子の霊が気になるという女性の依頼も受けて事態を収める。もっとも、そのやり方がどこかドライ。あるいは薄情。アパートに現れた女の霊が、いったいどうして霊になったかちった事情など聞かず、聞くこともできないと判断してそのまま霊気でき飛ばし、雲散霧消させる。

 交差点から近づいてくる少女の霊とは話ができたようだけれど、その事故の時に母親もいっしょに死んでいて、目の前で娘が車に踏み潰される様を見て激しく動揺して悪霊となって今もなお事故を起こし続けていることが分かる。娘からは母親といっしょにいたいという願いが出ても、悪霊かして自意識など存在していない母親は救えない。けれどもそうは言わず、一緒の所に行けると嘘をついて母親を霊気によって吹き飛ばし、娘は母親のところに送ってあげるといって成仏させる。

 感動を誘うならば悪霊であっても特殊な霊気によって正気に返った母親が、娘と体面を果たして共に極楽浄土へと向かう展開にするだろう。けれどもそうはならない。悪霊は悪霊でそうでない霊はそうでないものとして区別し、それぞれに相応しい扱いをする。そこがとても面白い。薄情との非難も出そうだけれど、悪霊になりかけていた菫は何人もの命を引きずり込んでいたはず。それを責めず戻って来れば正面から受け止めるところに、ドライであるが故の優しさめいたものもうかがえる。

 そして物語は、菫の両親にまつわる事件を調査するべく山奥へと向かう。矢式森だけでなく、こちらは正規に霊媒師をやっている棚藻怜花という女性も参加しての探索は、菫がまだ赤ん坊だった頃に起こった両親を失った壮絶な過去が暴かれ、それがどういった過程で起こったが推察されていく。最初は普通の幸せな家庭。両親がいて菫がいて居候していた菫には叔父にあたる青年が暮らしていたその家が、どうして凄惨な殺人の現場となってしまったのか? 人がこの世界で暮らしていく上ではらうべき注意の存在が見えてくる。

 一方で、今なお深く激しく残った死者たちの情念によって、矢式森も怜花も追い詰められていく。ともに決して弱い訳ではないにも関わらず、強すぎる相手に対してまるでなすすべがないといった体。秘められた力が発動してギリギリのところで勝利を得るような逆転のドラマ、俺TUEEEのカタルシスを入れないところにも作者のドライさが感じられる。  ただ、それでは終わってしまうところをどうにか勝利、というより引き分けへと持って行くところも巧い。まだ幼かった菫を思っての両親のある振る舞いが、家に悪い気を溜てしまって無関係だった人間を染めてしまい起こった悲劇だったと知って、菫が何を思ったのかといった点にも興味が及ぶ。一種の未練として残させることで、菫をまだまだ現世に留まらせ、物語を続けさせようとしのかもしれない。

 這々の体で戻った都会で、成仏できない浮遊霊の菜野宮菫とモグリ霊媒師の矢式森純一による日々は、いったいどこへと向かうのか。自分が事故死して以来会えていない菫を幼い頃に引き取り育てた祖父母の行き先、未だに確認できていない自身の墓のありかなども気になる部分。そうしたあたりからハッピー展開も想像したくなるけど、ドライな書き手だからあっさりスルーしてしまうかも。さても果たして。


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