That’s! イズミコ ベスト

 ポップでスタイリッシュでファンタスティックでサイエンティフィックなビジュアルイメージがあり、熱くて冷めていて楽しくて哀しい物語があって、その上に美少女がいて半ズボン姿の美少年もいて眼鏡っ娘のマッドサイエンティストまでいてとキャラクター萌えの要素もたっぷりと詰まった漫画があった。それが「That’! イズミコ」。だ。

 大野安之という当時まだ多くには聞かれてない名前の漫画家による作品は、1983年にスタジオ・シップが刊行する漫画誌「コミック劇画村塾」で連載が始まるや、主人公のイズミコが次々と繰り出す珍奇で壮絶な発明品の面白さにSF心を刺激され、美少女がパワードスーツに身を固めて空を飛ぶイメージに萌え心をくすぐられ、時空を超えて人々も星々も行き来するような想像力の彼方を行く展開に圧倒されてた漫画好きSF好きの目を引いて、一気に時代の寵児へと躍り出た……。

 かというとそうでもなく、知る人ぞ知る作品として読まれ語られ連載も続いて単行本として6巻まで出て買われてはいたものの、メディア展開されることはなく単行本が文庫化されることもないまま1987年に連載は終わって以後、始まった時と同様に知る人とぞ知る作品として語られ続けている。

 そして四半世紀。連載の開始からなら実に30年という時が経って、復刊ドットコムから「That’s! イズミコ ベスト」(復刊ドットコム、1900円)が刊行された。なぜ今? なぜ「That’s! イズミコ」が? 連載されていた当時なり単行本で読んだ世代なら、問答無用で「今だからでしょ!」と大声で叫べる復刊だけれど、そうは感じられない人もいることは事実。四半世紀なり30年という年月が隔てた意識の差はそれくらいに厚く、遠い。

 だからこそこの復刊は大きな意味を持つ。とてつもない作品を今この時代に手にとって読めるのだ。もちろん読もうと思えばネット上で絶版漫画を公開している「Jコミ」の上に、単行本の全6巻がアップされて無料でパソコンの上なりタブレットの上で自由に自在に読むことができる。その意味ではもはや“幻の漫画”ではない。あらゆる漫画と並列に存在して読み手を待っている生きた漫画だ。「That’! イズミコ」は。

 ただ並列であるということは突出していないということでもあって、数多ある漫画たちの中に混じって埋もれて前以上に人目に届かない可能性もある。むしろ30年前より刊行点数が多く、そして30年分の歴史も積み重なった漫画の中では、たとえ中身が突出した作品であっても認知度として抜きんでることは前以上に難しくなっている。

 だからこそ単行本の復刊には意味がある。それだけの作品なんだと買う前の人に印象づけられ、確かにそれだけの作品だと読んだ人に認められる道が生まれる。

 あとはだから、手にとって読めば良い。極楽院泉子という稀代のマッドサイエンティストでアフロで眼鏡の女が出てきては、バイクに似た機会で天を駆け上がって天の川を疾走したり、巨大なロボットを相手にその身をドレスのような強化服で包んで挑み粉々にしたり、別の少女とこちらはいかにもパワードスーツといった形の衣装で空を飛び、極楽院家を目の敵にする奴らの企みをうち砕いたりするハチャメチャで破壊的な展開を楽しめる。

 と同時に、ポップでキュートでスラップスティックなイズミコとはまた違った、シリアスでミステリアスなイズミコの姿にも会える。迷い込んだ異世界で死滅していくだけの種族と見え、その時空を渡る漂白を見送る彼女に無常の気持ちを抱かせたり、こちらは友人の少女が異世界へと迷い込んだのを助け出して未来の横浜へと飛んだ2人の語らいに、開発が進んで失われていく自然への思いを感じさせたりする。

 実に様々に描かれたイズミコたち。実に様々な顔を持ったイズミコたち。Jコミで配信されている単行本を全巻通して読めば、さらに違ったアグレッシブでアバンギャルドなイズミコにも出会えるけれど、このベスト版だけでも一筋縄ではいかないキャラクター性の一端に触れられる。読めば分かるだろう、その素晴らしさと凄まじさと新しさと永遠さが。四半世紀が1世紀経とうとも最先端を突っ走り続ける漫画であることを。

 欲を言うなら単行本の第2巻から3巻へとまたがって続く、イズミコがまだ幼かったころに作り出してしまった、自分とまったく同じ存在の「カガミコ」と相手に戦い、飛ばされた異世界をさまようバイ・ポーラー編も読まれて欲しいし、知らずベッドに引きずり込んでいた少女の正体を探り突き止める第2巻に収録の「Daydream」にも触れて欲しいけれど、それはひとつ先で良い。まずはこの「That’s! イズミコ ベスト」から始めれもらえれば十分だ。

 そして関心を抱いたなら、興味を持ったなら、凄さを実感したなら「Jコミ」へと行って全巻を読み通せば良い。映画にもなった「ゆめのかよいじ」や「精霊伝説ヒューディー」を読み、タッチが今の、ちょうど「That’s! イズミコ ベスト」の表紙に描かれたイズミコに近づいてきた角川書店版「ゆめのかよいじ」をネットから購入して読むことで、大野安之という漫画家の名前を、存在を改めて身に刻めば良い。

 そして願うのだ。今こそ。この作品のアニメ化を。あるいは全て揃っての復刊を。出来れば大判でと。

 ちなみに「That’s! イズミコ ベスト」には、「コミック劇画村塾」よりも早く大野安之を起用して描かせた「SFマガジン」誌上に掲載された「バランタイン BANG−BANG」も収録されている。登場するのはアフロで眼鏡のマッドサイエンティストの女。つまりはイズミコ。原型とも原点とも言える作品に触れ、そのスピリッツが変わらずむしろ増大されて連載へと突き進んでいった過程を確認しよう。


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