椅子を作る人

 “小説家になろう×モーニングスターブックス”という組み合わせで、いったいどういうものが出来上がって来ているのかと手に取った山路こいしの「椅子を作る人」(新紀元社、1200円)が、まるで翻訳物のサスペンスでありシリアルキラーを描いたミステリなんかをを読んでいるようで驚いた。

 認識している“小説家になろう”発の小説は、異世界転生のファンタジーやラブコメディといったティーンが喜ぶジャンルのもの。それが「椅子を作る人」はジャンルも文体も大人のミステリー好きに向けて書かれたような雰囲気で、これを“小説家になろう”から引き上げ刊行したモーニングスターブックスは或いは、世間の逆張りを行く反骨の版元なのかと確かめたらバリバリ主流の異世界ファンタジー系レーベルだったという。だからこそカテゴリー違いを敢えて出す気概もあった? そこはちょっと分からない。

 さて「椅子を作る人」。。チェス・ボールドウィンという名前の家具職人がいて「チェスズ・チェスト」という店を営んでいて、そしてとても腕の良い職人だと誰からも思われている。チェスには医者の経験もあって音楽にも文学にも造詣が深く料理も上手。着ているのはチェスター・バリーという高級紳士服。夢枕獏の「サイコダイバー」シリーズに登場する毒島獣太がいつも着ているブランドだ。

 そんなスーツを着て食事を作って振る舞う男が、どうして今は田舎町で家具職人をやっているというのが最初の懐疑。そしてもうひとつ、チェスは椅子を作らない。作ろうとしない。その理由が、外見や教養にはあまりそぐわない田舎の家具職人という今の境遇にも影響していたりする。 親との確執。幼少期のトラウマ。それらが身を苛み結婚生活も巧くいかず、父と同じ家具職人への道をチェスに選ばせ得つつ、父に否定された椅子作りを再開できずにいた。

 そのチェスがまた椅子を作ろうとした。ニックという名のチェスを慕う地元の快活な少年のために。ところが少年が死んでしまった。発生したひき逃げ事件。チェスは嘆き悲しむ。それから間をおかずして、周辺で奇妙な事件が起こり始める。人が殺害されて吊され椅子のような形にされる。老女が死に薬物中毒者が死に女子大生が死んで椅子にされていく。いつしか犯人は「サセックスの椅子職人」と呼ばれるようになる。

 犯人は誰? といった想像はすぐにつくけれども、すぐにはそうと断じることない。元FBIで行動科学課でプロファイリングをしていたバニー・ベルという男が、地元に引っ込んでいたところを捜査に駆り出されてやって来ては、尋ねた先でチェスと知り合い仲良くなる。英国紳士前としたチェスとアメリカナイズされた性格のバニーではまるで似てはいないけれど、どこか足りないものを補い合うような関係になっている。

 互いに家を行き来い、食事を共にするくらいの仲になっていきながらも、バニーは相次ぐ捜査の捜査に向かい、そしてチェスはバニーを見守る。そして事件は止まず起こり続けてそして決定打ともいえる事態が訪れる。

 チェスが椅子を作ったニック少年をひき逃げして殺した男の存在が浮かび上がって来る。「サセックスの椅子職人」がチェスなら男を狙う。バニーは迷う。さらに……。もやっと見えている事件の真相を、周囲から撫でて形を浮き上がらせていくような展開が面白い。

 チェスという明らかに不穏な人物と、バニーというどちらかといえば正義の側に立つ人物とが対立せず、対決しないで仲良くなる。でもそこには緊張感もある。不思議な関係。猟奇的ではあっても魅力的な部分もあるという、人間の持つ複雑さがもたらした奇妙な関係だとも言えそう。そんな関係に終止符が打たれる時が来る。「サセックスの椅子職人」がすべての根源を乗り越えようと向かった先で、緊張の走る事態が繰り広げられる。

 そしてすべてが終わった時、彼の行動はどう間違っていて、けれどもどこかに何かの理もあったのかと問いたくなる。そんな彼を悪と断罪したくてもしきれない思いが、いったい何から来るかも考えたくなる。大人同士の情と理が通う物語。これが“小説家になろう”から出るというのが不思議だけれど、別に“小説家になろう”だって異世界転生ばかりじゃない。見つけ出し拾い上げる目があれば、こうやって本格的な翻訳風サスペンスだって見つけ出せる。

 ひとつ気になるのは、なぜ舞台がアメリカではなくイギリスなのかといったところか。チェスを英国紳士に仕立てたかったのだとしても、ニューイングランドあたりならそれも可能。FBIが絡む理由も説明しやすくなる。シリアルキラーもアメリカならわんさかいそう。元祖とも言えるエド・ゲインにキラー・クラウンのジョン・ゲイシーに美しき殺人者テッド・バンディ。広大なアメリカなればこそ逮捕されずに大勢を殺め続けることも出来るだろう。

 もっとも、 切り裂きジャックをはじめシリアルキラーはイギリスにだっていたりする。ヨークシャー・リッパーのピータ・サトクリフに9人を殺して硫酸で解かしたジョン・ヘイグに殺人医師ハロルド・チャップマン。そんな中に混じって芸術と復讐を同時に成し遂げた「サセックスの椅子職人」は見劣りはしない。だからイギリスが舞台でもそれはそれで良いのかもしれない。

 何よりチェスター・バリーで身を固め、週末にはロンドンのサビルロウでシャツをあつらえようと考えるくらい理知的で几帳面な椅子職人という魅力的なキャラを成り立たせるなら、舞台はやっぱりイギリスに限る。ブルックスブラザースではアイビーだし、ポールスチュアートでは洗練が過ぎるから。そういうものだ。


積ん読パラダイスへ戻る