異世界テニス無双 テニスプレイヤーとかいう謎の男がちょっと強すぎるんですけど!

 もしも車田正美の漫画「リングにかけろ」の主人公たちが、黄金聖闘士などが君臨する世界に迷い込んだとしても、その拳ひとつで次々と粉砕していくような気がするけれど、それは別に魔法だとか超能力だとかいった異能を使っているのではない。あくまでの日々の練習のたまものとして得た体力であり、技術といった人間に由来するものを駆使しているに過ぎない。

 そうでなければボクシングという、人間が行うスポーツを題材にした漫画であることの「リングにかけろ」の根幹が崩れてしまう。これがもしも「聖闘士星矢」の主人公たちが異世界に転移した場合だったら、持って生まれたオーラであり与えられた聖衣から得られる力を使って無双していくだろう。そこには体力はあるかもしれないけれど、突き詰められた技術といったものは存在しない。基本、異能だ。

 だったら、現実に「リングにかけろ」に出てくるようなフィニッシュブローが放てるかというと、そこはスポ根漫画だからと言うしかない。技が果てしなくインフレーションして人間の能力を超えてしまったように見えても、あくまでも人間が技術と体力によって繰り出している技。そこにうかぶそこはかとない面白みが、相馬王助というテニスプレイヤーが繰り出すさまざまな技にも感じられる。

 魔術師でも戦うのを躊躇するような魔物のゴブリンを相手にボールをラケットで打って放つと、ゴブリンが30匹ほどまとめて粉砕される。なおかつ、そこで放ったボールがあらかじめちょっとした合図ですべて手元に帰ってきて、ポンポンとカバンに収まるような回転がかけられている。

 あり得るか? あり得ない。でもあり得るのがスポ根漫画の世界であり、望公太の「異世界テニス無双 テニスプレイヤーとかいう謎の男がちょっと強すぎるんですけど!」(GA文庫、620円)に描かれるテニスという競技の世界。あくまでも人間が鍛錬によって得た技術によって繰り出されたもので、そこには魔法も異能はない。

 なおかつ、それくらい全国レベルのテニスプレイヤーならできて当たり前という認識で、テニスという競技が繰り広げられている世界で、高校生の大会に出ては無敗を誇った「コート上の造物主」とあだ名されるプレイヤーを破った相馬王助という少年が、ある日突然に異世界に召喚されてしまったところから物語は幕を開ける。

 凶暴なモンスターに襲われていたエリーシャという少女の魔術師が、窮地を脱しようと召喚したみたいだったけれど、現れた少年こと王助が手にしているのはラケットで、持っているのは黄色いボール。それらを使ってコート上でボールを撃ち合うスポーツをしているという少年が、どうして召喚されてしまったのかエリーシャには分からなかった。

 そして当然のように、現れた少年では目の前のモンスターにかなわないとエリーシャがあきらめかけた時、王助のラケットが火を噴いた。観念的ではなく物理的に。いや、そこでは火は噴かなかったけれど、噴かせようと思えば噴かせられるのが王助が自分のいた世界で繰り広げてきたテニスというスポーツだった。

 ゴブリンを倒した王助自身も、強烈なボールで相手のガットを破るとかいったレベルではなく、振ったラケットで真空を作り出してドラゴンが吐いた火を消し、打ったボールで分厚い皮膚をえぐって体に大穴を空け倒してしまう。もちろんそれは魔術ではなく魔法でもない。技術。ボールを分身させることも、ボールをあらゆる知覚に感じないよう消してしまうことも技術によって出来てしまうテニスプレイヤーたちによる試合は、時に1つのラリーが3時間に及ぶこともあったりするという。

 もはやテニスなのかどうなのか、分からないうなるもののそれがテニスという認識の下に生きてきた王助が、あくまでもテニスによって現れた敵をねじ伏せていくという展開を「異世界テニス無双」では楽しめる。エリーシャが名家の娘ながらも姉が両親を惨殺して逃亡し、追われ蔑まれる身となりながら姉を捜し歩いていることを感じた王助は、追っ手として現れた完璧な防御力を誇る少年も、果てしなくボールをぶつけ続け、なおかつ1個では温いと4個使ってぶつけ続ける技で粉砕する。

 なおかつそうした技ですら、仮のものでしかなかたったといった驚きのインフレーションが待ち構えているからすばらしい。もっとも、敵はまだまだ強大で、王助とエリーシャの冒険も続きそう。幾つもの驚きが生まれもう天井を打ったと思いたくもなる一方で、それで終わるようでは果てしなくインフレーションが続くスポ根漫画の世界に負けてしまうから、きっとさらに驚きの技術を見せてくれるだろうと思いたい。

 そういったインフレーションの果て、いずれ宇宙くらいは吹き飛んでしまいかねないけれど、それでも技術だと言い張る王助を見てみたいもの。期待して続きを待とう。


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