異世界作家生活 女騎士さんと始める ものかきスローライフ

 紡がれている言葉の一言一句が小説家として、あるいはライトノベル作家として世に出て書き続けていくために必要な事柄に満ちていて、そして心の支えとしていくだけの警句に溢れている。それが森田季節による「異世界作家生活 女騎士さんと始めるものかきスローライフ」(ダッシュエックス文庫、600円)という作品だ。

 それなりに活動をしていて著作も多いけれど、アニメーション化されたものはまだないライトノベル作家の森田季……ではない長谷部チカラというライトノベル作家のところに訪問者。それは国交がある異世界から来た女騎士で、異世界に来て小説の書き方を教えて欲しいとチカラに依頼する。チカラも異世界に行って小説を発表すれば、日本ではまだ及ばない最強作家になれるかもといった思惑があって依頼を引き受ける。

 そして赴いた異世界で始めた小説教室に集まる生徒たちに向かってチカラが繰り出す言葉の実に重くて深いこと。あるいはチカラに向かって突きつけられる評価の実に的確で痛いこと。読んでいる読者ですらそう思うのだから、書いている作家としての森田季節はきっと、血反吐を吐きつつ切れる血管をバンドエイドでふさぎつつ、キーボードがめり込むくらいの勢いでワープロに言葉を刻んでいったに違いない。

 そのいちいちを書き出すのも心苦しいけれどもとりあえず、書き方に役立ちそうなこととして、自分が気に入った文章を書き写しながら学ぶことってのはひとつ、やってみると良いかもしれない。以前に読んだ火浦功へのインタビューで、デビュー前に小松左京の短編を写したと話していた。上手い作家の文章を書き写してみるのは、リズムや構成を掴む上で役に立つ。音読もリズムを肌身に刻むのに意味がある。筒井康隆の文章などは本当に、読むとテンポの良さが伝わってくから。

 あるいは生徒でドワーフのミクニ・トーディンボーンが読んでくれと持ってきた習作に下す長谷部チカラの評価も、自分の書きたいことだけを書くのではなく、読んでもらいたい人に伝わるように書くことの大切さを思い起こさせる。そして書いて世に出されたものに対する批判も罵倒も含めた評価から逃げていては、決してプロにはなれないのだということも。言葉に繊細さは必要でも心の繊細さは必要ない。書け。ただ書け。そんな強さを持てと教えられる。

 そんなアドバイスの一方で森田季……ではなく長谷部チカラに対して向けられる評価の辛辣なこと。デビュー作は暗かったとか次は設定が詰め込みすぎだったとか、その次は人気取りに走ったけれど気持ち悪かったとか、SFなのかファンタジーなのかどっちつかずだとか温泉街を立て直す話は地味だとかいった小説教室の生徒からの指摘は、小説というものが世間からどう見られているかを強く感じさせる。

 百合小説は編集者が仕事をしなかったので作家らしさが出ているとか、短歌小説はマシでギリギリ合格だとかいった言葉は褒め言葉だけれど、それが売れたかっていうと……って、これはあくまでも小説の中に出てくる作家が、過去に書いた架空の小説に対する評価といった具合に、完全なるフィクションなのだけれど、読んでああそうかもと読者が作家に重ねていろいろと感じてしまうなら、作家自身ははどれだけ身にサンドペーパーをかけそこにワサビを塗り込んだのか。思うと身も震える。

 とはいえ、そういう客観性があってこその今地位があり、こうやって小説について的確な言葉を紡げる立場にたどり着いたんだろう。でもそれだけやってもまだ、堀松ひらというベストセラー作家のようなアニメーション化作品はなく、台湾でのサイン会も実現していない。そこに向けて今こそ動くときだぞ森田季……ではない長谷川チカラ。短歌&異能バトル&百合という異色な小説「ウタカイ」とか、実写映画化されて良いと思うんだけれど。広瀬すずの主演で。それはさすがに無理かなあ。


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