インスタント・ビジョン 3分間の未来視宣告

 2029年12月31日の23時57分から3分間。それはまだ訪れていない未来だたけれど、その時間に自分が何をしているかを、強制的に見せられてしまう病気が発生した。

 名を夢現譜症候群(ディー・スコア・シンドローム)と呼ばれる病気は、2021年に発見されては時に個人を、そして時には街全体に暮らす大勢の人々をまとめて未来の3分間に送り込んだ。その間、肉体は意識を抜かれて弛緩してしまうため、乗り物を運転していれば事故が起こり、空を飛んでいたらあるいは落下したかもしれず、そうでなくても転んだり、ぶつかったり燃えたり溺れたりして命を失う人たちが何万何十万といった単位で現れた。

 パンデミックと呼ばれるそういう現象だけでも厄介なのに、この病気にはもうひとつ、副作用めいたものがあった。それは見せられた未来に絶望するということ。2029年12月31日の3分間が見えなかった場合、それは既に命を失っていたことを現す。いつ、どうやって死んでその時にたどり着けないのか分からない中で生き続ける恐怖が、自ら命を絶つような行為に走らせることもあった。

 そして、それが未来へと続く運命のどこかで関わっていた人たちをも死なせるキャストアウトという現象を引き起こした。あるいは、未来に大犯罪者となっていたり、身近な人を失っていたりといったことも分かってしまい、そんな運命から逃れようとして命を絶つ者も現れた。ここでも起こるのは、同じ周辺をも巻き込んでのキャストアウト。だから動くに動けなかった。

 そんな設定の上で、見えてしまった運命、雁字搦めの時の牢獄を相手に、ひとりの少年が挑む物語が、永菜葉一の「インスタント・ビジョン 三分間の未来視宣告」(スニーカー文庫、600円)だ。主人公となっているレオ・エンフィールドとう少年は、ある街に暮らしていて起こったパンデミックで、自分の未来を見せられた。それは、ロンドンの時計塔前で数百人を殺戮する殺人鬼としての自分だった。

 ヒーローに憧れている真面目な自分が、どうして遠くない未来に大量殺戮を引き起こす犯罪者になってしまうのか。まったく思い当たる節がなかったけれど、運命はそう決まってしまった。殺戮の現場に居合わせた者たち、そして殺された人たちがレオと同じ未来を見ていたからには、その運命がやってこないということはない。そのことが誰にでも分かってしまった世界で、レオは存在を大いに危険視される。

 だからといって死刑にはできない。暗殺も無理。キャストアウトが起こってしまうから。そしてレオは、未来を見てしまった者に時として現れる異能を使って、パンデミックやさまざまな異能が引き起こす事件や災害を収拾する仕事に尽いていた。世界をそんな風に変えてしまった「スクルド」なる人物を探して、自らの苛烈な運命を変えるために。

 すでに定められている未来に向かって、いかんともしがたい状況に喘ぎながら、それでもどうにかできるかを模索しながら戦う主人公、という設定がひとつユニーク。なおかつその主人公が、未来に殺人鬼として糾弾されることが確実視されながらも、今はまだ世界で普通に生きていられる状況も面白い。

 針のむしろに座らされながら、逃げるに逃げられない境遇に普通だったら神経も参るだろう。けれども、世界を巻き込む可能性を嫌がり、ヒーローとして頑張るレオの姿に惚れる。自殺といった逃げ道を用意させない設定が巧みで、否応なしに運命の時が近づくストーリーを突きつけられる。

 雁字搦めの世界に現れる隙間のようなものからのぞく、世界を大きく変える可能性。それをレオは成し遂げることができるのか。「バットマン」シリーズのジョーカーのようにレオの前に立ちふさがり、犯罪を引き起こすラビットという名の敵は、次にどんな手を使って世界を混乱に陥れるのか。そんな興味も募る。

 すべての原因となったディー・スコア・シンドロームが起こってしまった背景から、宇宙そのものの運命すら描かれそうなスケール感を持ったSF作品。すべてが明らかにされた時に浮かぶ世界が、レオにとっても時間を凍結させる異能を持ち、レオの運命を左右するティア・ファーニバルという少女にとっても幸せなものであることを願いたいけれども、果たして。


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