イーフィの植物図鑑1

 植物は生きている。それは当たり前のことだ思われているけれど、だったら植物は、生きている人間と同じだけの価値を持っているのかと聞かれて、それも当たり前だと躊躇わないで言える人間が、果たしてどれだけいるのだろうか。

 植物が大好きで、植物を採取して、そこからいろいろな恩恵を受けているプランツハンターの少女にとって、植物は人間と同じだけの価値を持っているかもしれない。だから、荒れ地に根を張った草花を手折られて激しく憤った。痛みを感じているはずだと訴えた。

 けれども少女は、時に選ばなくてはならなくなる。人間の命と植物の命を。そして選んでしまう。人間の命を。

 少女とは「イーフィの植物図鑑1」(ボニータコミックス、429円)でタイトルにもなっているイーフィ。訳があって1度死んでしまったけれど、時々咲き乱れる「妖精の草(ドワーフプランツ)」という植物から現れる“何か”を体内に入れることで、表向きは生き返ったアリオという名のプランツハンターの父がいる。

 そんな父といっしょに各地を渡り歩いた関係で、今では一端のプランツハンター並の知識を持っている。ただし非公認。そう、この世界には正規のプランツハンターという人たちがいて、公国の認定を受けて役人として各地を回って植物を集め、あるいは流通する植物を一手に扱う権限を持っている。

 役人だからそこには融通の利かない人もいるし、袖の下を求めるような人もいる。だから草花が高くなったりするし、イカサマが混じったりすることもあるけれど、イーフィは真面目で、そして才能もあって、適切な草花を集め適切な処方を行く先々で出会う人たちにして歩くから、普通の人たちの評判はとても良い。

 昔は、父親のアリオが優秀なプランツハンターでありながら、山野を歩いて植物を集め、村や町を回って分け与えていた。けれども、都へと連れて行かれてそこで過去に南方で負ったらしい病気が出て弱り、死んでしまう。その時に、手元に残していた「妖精の草」を開いて、自分の中に“何か”を入れることでアリオは見た目だけは生き返った。

 もっとも、喋りかけても反応はなく、コミュニケーションを自主的にとるようなこともない。そして「妖精の草」は、3年くらいたつと体内で枯れてしまうらしい。そんな時、体内の“何か”が呼び合うのか、アリオは「妖精の草」がたくさんある場所を感じ取る。それを受けてイーフィは山へと入って「妖精の草」を引き抜いてくる。

 その瞬間、ほかの「妖精の草」たちは枯れ果ててしまう。アリオには生きていて欲しい。でも、その代わりに「妖精の草」を滅ぼしてしまう。正しいことなのかとイーフィは悩む。

 他の場面でも、クネルクネルという木があって、切り取った小さな株を植えればやがて根付くと分かっていながら、誰かの企みによって森にあったクネルクネルの大きな株が奪われ、クネルクネルの出す成分で弱っていた毒蜘蛛が急に活発化して、噛まれる人が大勢出てしまった際に、株をつぶしてそのまま人に飲ませろアリオに言われてイーフィは迷う。

 根付く可能性がある株の命を奪ってしまわなくてはいけない。けれども、そうしなければ噛まれた人は死んでしまう。当時はまだ元気だったアリオは「プランツハンターは『植物の守護者』じゃない」と言い、「それが世界でたった1本の花だとしても迷わず『人間』を選ぶ。それが俺たちの鉄則だ」とイーフィに突きつける。

 納得できないで膝を抱えてうずくまり、泣きじゃくるイーフィにアリオは優しく言う。「命は人も動物も植物も思いがけない形でつながっている」「だから足元だけを見るな。いつだってよく考えろ」「なにが本当に正しいかなんて俺にだって本当はわかっちゃいない」「俺にみつけられない答ええは、いつかおまがみつけてくれよな」

 その言葉を最後に、アリオは都へと連れて行かれ、次に会った時は死の床にあって、今は植物のようになって何も喋らず、そして植物を“糧”のようにして生きていて、その存命にイーフィは協力している。それが正しいのか間違っているのか悩みながら。

 人と植物の、そんな関係を描きながらも「イーフィの植物園」は、公国によって公認されているプランツハンターのシドライアンが、アリオを生かしている「妖精の草」に興味を抱いたことで、よりドラマチックに動き出す。

 暮らしている公国では異民族ということもあり、また、奴隷上がりでもあって差別されていて、かつて自分を使ってくれていた大公にも良いように扱われているシドライアン。たったひとり、植物庁長官を務めるクラーリスという男だけはシドライアンの才能を認め、友人として仲良くしている。

 そんな関係にクサビをいれるかのように、アリオ復活の鍵となっている「妖精の草」を採取するよう、シドライアンに公国の大公から命令が下る。そして始まる「妖精の草」探しは、そのまま旅するアリオと娘のイーフィの探索にもつながっていく。シドライアンに同行するのはおばさん傭兵のデラマンデ。アリオと過去に何かあったらしい彼女の参加で、いったどれだけの騒動が起こるのか、という興味がひとつ浮かぶ。

 それ以前に、「妖精の草」を体内に入れることで復活はしたものの、喋らず周囲に関心も向けない植物のようなアリオが、今回新しく「妖精の草」を入れたことで、少し変わった動きを見せることがイーフィを訝らせる。

 何か世界に起こっているのか。行く先々で植物に絡んだ知識を生かし、植物によってもたらされる問題を解決したりもしているイーフィの成長と成功の物語を一方に抱きつつも、そんなイーフィが抱える人間と植物の関係に関する葛藤も描き、シドライアンを取り巻く差別の問題を描き、そして公国がめぐらせる謀略を描いてと、さまざまなフェーズでドラマが展開されていて楽しめる。

 もしも、アリオとシドライアンが出会ったら何か起こるのか。デラマンデは何をしでかすのか。世界はどうなってしまうのか。人間と植物は対等なのか、それとも相互に依存しているのか。そんな未来やテーマについて考えながら、読んでいきたいし読ませてくれそうだ。


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