サイバーテロ漂流少女

 あり得べきことだ。そして恐れるべきことだ。

 一田和樹が「サイバーテロ 漂流少女」(原書房、1600円)に綴った物語は、フィクションの形を借りながらも、現実に起こって不思議のない事件を描き、その恐るべき可能性について指摘して、戦慄を誘い警鐘を鳴らす。

 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞した「檻の中の少女」(原書房、1700円)で登場した、サイバーセキュリティ・コンサルタントの君島が、引き続いて登場する新作。冒頭で君島は、謎めいた少女によって命を狙われる。

 信号を通り過ぎたタクシーのハンドルが、突然きかなくなって衝突しそうになったもの。それは、信号の側にいた少女によって、タクシーに搭載された電子システムがハッキングを受けて起こったものらしかった。

 そんなことが可能なのか。可能性はある。センサーからの情報を、無線で伝えて走行状況を制御するような仕組みが本格的に導入されたり、結線されていない、無線で連絡を取り合う機器が、本格的に搭載されるようになれば、その間に入って情報を攪乱し、改竄して車の走行を外から操作できるのだ。

 トヨタ車がアメリカで突然の暴走を繰り返した事件を報じる中に、街中で使われている電子機器の影響でシステムが誤作動したのではないか、といったことが語られた。それを意図的に行えるとしたら、いったい何が起こるだろうか。震えるしかない。

 では、どうして君島は狙われたのか。その前段に、マトリューシカというフリーのアンチウイルスソフトが流行しはじめた一件について、調査を依頼されたことがあった。便利なアンチウイルスソフトに見えて、どこか胡散臭いところがあったマトリューシカを調べるうちに、君島は自動車ならぬ社会のあらゆる場所にあるコンピュータを、自在に操る企みが進行していることに気付いた。

 株の取引を勝手に行い、銀行の口座を勝手に移し替え、交通システムを混乱させる。そんなことをされたらたまらないと、国家の治安組織が動き始めて、犯人らしき存在の影に迫る。それは、平坦主義という富と機会の平等を唱える集団だった。

 セキュリティに関する最新情報を教えられ学び取るキャンプに参加して知り合った子供たちが、先の見えない未来への不安と不満から、世界なんてぶちこわしてしまえと意気投合して動き出した。持てる技術によってセキュリティの壁を突破した子供たちは、あと1歩のところまで世界を追いつめる。

 そこに至るまでに頻出する、コンピュータに関する用語やセキュリティのテクノロジーに関する説明は、知らない人には本当にあり得るものなのかといった懐疑を、与えるかもしれないけれど、多少なりともコンピュータやネットワーク、セキュリティに関連した情報を得ている人なら、そういった仕組みによって事件が起こされ、ハッキングが行われ、プライバシーが暴かれ晒され得ると感じ取れる。業としてセキュリティ情報サービスに携わり、ITに深い知識を持った一田和樹だからこそ書き得る、スリリングでエキサイティングな展開だ。

 そんな詳細で為になる情報を、ミルフィーユのように幾重にも合わせて畳みかけてくる中に、未来への絶望感を覚えて、ぶちこわしたいと願う少年や少女たちの純粋で強烈な心象を描き、政治も行政も真っ当さを置き去りにして、目先に走る現代に膿んでいる、大人たちの虚ろで暗澹とした心象を描いて、この社会に警鐘を鳴らす。受け入れられれば未来は変えられるかもしれないし、現代だって少しは良くできるかもしれない。そうでなかったら。

 あり得うべきことが実際となり、恐るべきことがもたらされる。立ち向かえるか。そのためにも読んで技術を学び、君島が得意とする、口八丁手八丁でセキュリティの穴を衝く手法への警戒を深めて、現代を無事に生き抜こう。それだけなく、何が少年少女を絶望に追い込み、大人達を虚無へと至らせたのかを感じて、根源の要因を根治するための言葉を紡ぎ、行動へと踏みだそう。


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