異世界家族漂流記
不思議エルザ

 異世界に迷い込んだ自分には秘められた才能があって、ものすごい魔法も使えれば、剣の腕前も抜群で、おまけに現代ならではの知識もたっぷり持っているから、どんな困難に行き当たっても、魔法と剣と豊富な知識で切り抜けて、美少女たちから慕われ王族からも重用され、世界を救う英雄としてその名を満天下にとどろかせていく。

 そんな願望をいくら抱いていたところで、いざ異世界に迷い込んだ自分が魔法なんてまるで使えず、狩りをするだけの技量もなく、医学や農業や土木の知識も高校生程度で実生活には何の役にもたたないと分かった場合、果たして絶望せずに生きていけるだろうか。おまけに、いっしょに異世界に来た母親には料理の才能があり、父親には医者としての知識と頑健な肉体があり、妹には魔法を操る才能があったと分かって、落ち込んだり、逆に焦ったりせずにいられるだろうか。

 松智洋の「異世界家族漂流記 不思議の島のエルザ」(ダッシュエックス文庫、600円)で、家族旅行の最中に異世界へと迷い込み、そこが絶海の孤島で危険な生物もうようよといる場所だったという真城一家。ただでさえ大学受験に失敗しながらも、末の妹の小学校進学記念と合わせた大学合格祝いの旅行計画をムダにする訳にはいかないと、実行された旅行で肩身の狭い思いをしていた長男の蓮は、ここぞとばかりに自分の“真価”を見せようと張り切る。

 けれども、現実とは違ってまるで常識の通用しない異世界の孤島で、食べ物を探しに行っては絡んで来る蔦のようなものに締め上げられる体たらく。幸いにして島になぜかひとりだけいて、魔法の力を操り水を出したり、獲物を狩ったりできる少女のおかげで命は救われたものの、両親がそれぞれの知識や経験を活かし、言葉が通じないためエルザと呼ぶようになった少女の経験も取り入れながら、島での生活を安定させ、すぐ下の妹がなぜか発動させられた魔法の力で、エルザとともに狩りをするようになるのを横目に、蓮は自分への自身を失っていく。

 まだ6歳の末の妹ですら頑張って、岬に出かけていっては船が通らないかを見張るお仕事をしようと頑張っているのに、自分には何の力もないのかと、普通ならふて腐れてしまうものだろう。これが自分ひとりだったら、とっくに命すら失っていたかもしれない。けれども蓮はひとりではなかった。いっしょに来た家族の思いや優しさを感じ、ずっとひとりで生きてきたらしいエルザという少女の懸命さにも触れて、決して抜群ではなくても、自分に出来ることがあるならそれを頑張ろうと蓮は考えるようになる。

 家族がまるごと異世界の孤島に飛ばされてしまうという、他に類をみない転移でありサバイバル物だからこそのシチュエーション。ひとりでは何もできなくても、家族がいれば、あるいは仲間がいればそれだけで大きな力になるんだということを感じさせてくれる物語になっている。やがて蓮自身も、貯蔵してあったこの世界の作物らしいジャガイモモドキを栽培することに成功し、ちょっとだけ居場所を見つける。そうやってひとつ、まとまりを得たかのように見えた島での暮らしに変化が起こる。

 現れた船。降りてきた人々。けれどもそれは救助のためではなかった。明らかになったエルザという少女の立場。新たに島の住民となったフローラという名のお姫様と2人の少女の従者。言葉が通じるようになる魔法が使われ、真城一家と異世界の人々との間に交わされるようになった言葉から、島の外側で起こっているある種の謀略が判明し、それによってエルザやフローラが“攻撃”を受けている存在だということが見えてくる。

 「ロビンソン・クルーソー」のような、あるいは「十五少年漂流記」のような孤島でのサバイバルストーリーという楽しみがあり、それが異世界という舞台を得て現実以上に難解なパズルに挑むような難しい局面を打開していくスリルがある物語。そこに今は孤島を舞台にしながらも、いずれは世界を相手に立ち向かっていくような大きな展開が予見される。そうした中でエルザやフローラはともかく、真城一家はどのような存在となるのだろう。蓮はどれだけの働きが出来るのだろう。

 迷い込んだ時は魔法使いではなく、勇者でもなく知識も薄かった蓮が、孤島での日々で生活力は付けたかもしれないし、生きていくための知識も得たかもしれないけれど、やっぱり剣術の腕前はまだまだで、魔法も自らは使えない。ただしひとつだけ浮かび上がったその特質が、エルザとフローラたち一行と、そして真城一家の運命を大きくかえる力になるのだろうか。エルザの過酷で苛烈な運命を変え、フローラにも再びの自由を与えて世界の構造を変革するのだろうか。興味が尽きない。

 そもそもどうして真城一家がその異世界に迷い込んでしまったかが分からない。何かの導きでもあったのか。それに最適のメンバーが揃っていたのか。そうした興味にも誘われながら、これからの物語を想像したい。続いてくれると信じて。


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