不戦無敵の影殺師

 すごい異能の力を持っていたって、それを使ってもしも人を傷つけるようなことになったら、「異能力制限法」という法律で罰せられるから使いたくても使えない。たとえ相手が悪人であっても、異能で人を傷つけてはいけないとなったら、それこそ正義の味方だって出来やしない。そんな状況下、罰せられない範囲で使うには、世間受けする異能力をテレビやイベントなんかで振るって、見せ物として楽しんでもらうしかない。

 そんな、何とも世知辛い世の中が舞台になっているのが、森田季節の「不戦無敵の影殺師(ヴァージン・ナイフ)」(ガガガ文庫、590円)という物語。もちろん悪い話ばかりではなくって、炎や風を操ったりして派手なパフォーマンスを見せられる異能力者は、大手のプロダクションに所属し、テレビで活躍したりしては大金を稼いでいる。

 もっとも、主人公の糸川朱雀が受け継いだ異能は、死体に命を与えて使役し一瞬で人を殺す暗殺術。とてもじゃないけれど人前なんかで見せられない。あと朱雀が使役している「煌霊」と呼ばれる一種のゾンビは、15歳の時に不治の病で死んだ少女の小手鞠だから、朱雀が彼女を使役している姿は、ロリコン野郎かいたいけな少女を無理矢理働かせているように受け止められる。

 そんな“非道”な能力者がテレビで活躍できるはずもなく、朱雀は所属しているプロダクションにあってほとんど仕事をもらえないまま、異能力とは関係ないアルバイトをしたり、能力がほとんど必要とされない警備員の仕事を回してもらって糊口を凌いでいる。たまに新人に対するオリエンテーションを回されることがあるけれど、先輩を舐めたような口の利き方に発憤し、本気を出して相手を怖がらせて事務所から怒られる。今年もそれをやって、早くも来年の仕事をひとつ失ってしまった。

 小手鞠と朱雀との仲は決して悪くはない。なるほど悪口雑言罵詈雑言を小手鞠が朱雀に投げつけ、役立たずの甲斐性無しと誹るくらいのことはする。それでもかいがいしく食事の世話をしたりする。ラーメン抜きの野菜だけのラーメンとか、肉抜きの肉じゃがとか。本当に仲が悪くないのか? 分からなくなる時もあるけれど、朱雀に命を入れてもらう小手毬の嬉しげで切なげな態度は、彼を内心では慕っているように思える。それとも煌霊として使役されているが故の態度なのか。その関係性が気になるところだ。

 食べる物にも事欠く暮らしに、全部貧乏が悪いんだと叫ぶ朱雀だけれど、暗殺が生業ではそう簡単に仕事は来ない。予算を小手毬に厳密に管理されながら、同期や後輩の少女たちと飲んでいる席で、そんな境遇を話していると、相手から辞めて家に来ないか世話してあげると勧められる。ほとんど婿入りのお誘い。ちょっとうらやましい。

 でもそれで事務所を辞めることはしないで、どうにか異能力者としての道を歩もうと朱雀は頑張る。そこに飛び込んできた、異能力者でも1番に名前の売れている女性能力者の滝ヶ峰万里からの仕事の誘い。対価は2億円。どうやら真っ当な仕事じゃないようだった。というより朱雀の能力にとっては本業ともいえる仕事だった。だから暗殺者として受けようと考えた。考えたけれど行動に移せず失敗した。

 どうして。そこが朱雀を跡継ぎとして厳しく育てながら、画竜点睛を欠くような教え方に止めた父親の、朱雀のような能力がもはや用済みとなった世界を間違わずに生きていくための思いやりだったのか、まだ未熟と見て教え方をセーブしたのかは分からない。結果として朱雀は誤らず、そして朱雀に手を汚させようとした滝ヶ峰万里との決着へと彼を向かわせる。

 果たして勝てるのか。勝ってどうなるのかといったところは読んでのお楽しみとして、世界にはびこっている能力者たちの暴走を、果たして法律だけ押さえ込めるものなのかが気になるところ。誰もかなわないから能力者じゃないのか。法律で縛れるものではないんじゃないか。でもそうなっているのはなぜなのか。そんな辺りが描かれる可能性も勘案しつつ、続きを期待したいところ。一度は死にながらも蘇って煌霊となった小手毬と、朱雀との過去や、運命共同体となった2人のこれからも知りたいし。


積ん読パラダイスへ戻る