フラ×ソロ

 「彼女を知り、己を知れば、百恋危うからず」

 なんていうことわざがあったという話は、古今東西の本のどこを読んでも書かれてはない。けれども、分水嶺の「フラ×ソロ 健全な男女交際についてのあれこれ」(講談社BOX、1000円)を読んだ人がいたら、これからの歴史のなかで、そんなことわざを作っていくかもしれない。

 聖黎学園に存在するふたつの組織。ひとつはソロリティと呼ばれる女子クラブで、<女王の中の女王>と呼ばれ、讃えられる天上院神楽という美少女を会長に仰ぎ、錚々たるメンバーを従えて、学園に権勢を誇っていた。

 もうひとつの組織はフラタニティで、こちらは男子をメンバーにしてソロリティと対峙していたけれど、天上院の聡明さをは正反対の、凡庸さを絵に描いたような真城井眞白がグランドマスターを務める中で、まとまりを失い、その間隙をつかれて天上院たちソロリティから、消滅させるとの予告を受けていた。

 もっとも、メロンパンを買いに行けだの、食堂の席を譲れといった女子の要求に、憤るどころかむしろ虐げられるのが嬉しいといった、弱々しい男子ばかりの聖黎学園。ソロリティの圧力をはねかえす気概も抱けないまま、消滅への道をたどるばかりだと、そう思われたところに現れたのが、七夜哉夜(かなし・かなや)という男子。真城井会長とは正反対の非凡さを発揮して、ソロリティから学園の支配を奪い返す策略を練る。

 そして始まったのが恋の攻略戦。最初にたらし込んだ女子からもらった、ソロリティ幹部たちのプロフィールが書かれたファイルを駆使し、<氷の女王>の異名を取り、<生徒会の五騎士>としても知られる怜下堂麗華にアプローチしては、彼女がミニホールにひとり閉じこもる理由を探って、何も心配することはないのだと諭して心を溶かし、ミニホールをフラタニティの支配下に置く。

 声優として活動しながら、人気が頭打ちだった終末坂アスカに対しては、その人気を取り戻してあげるとささやき、本当に実現させて味方に引き入れる。パソコンでいっぱいの部屋に居続ける、寡黙な幽霊ヶ原刹那には、彼女がしているのことを暴き、彼女が抱える不安を取り除いて、フラタニティの悪事が露見する危機をしのぐ。

 相手が何者で、何を望んでいるのかを知れば、それに向かって提案できる解決の道。笑顔のひとつでも重ねてみせることで、感謝を好意へとスライドさせ、美少女たちを次々と恋に陥らせていく。まさに「彼女を知り、己を知れば、百恋危うからず」だ。

 その勢いで、古くから武道をたしな名家の娘を籠絡し、極度の男性不信に陥っていた少女に恋をする幸福を感じさせて、そして対峙するのは、諸悪の根元たる天上院会長か、と思ったらどうやら会長は一足早く、凡庸なフラタニティのグランドマスターを、文字通りに抱き込む策略に。七夜哉夜との直接の対決はお預けとなったものの、ちょっとしたドラマを経てフラタニティは解散の危機をしのぎ、学園から男子と女子の対立は消え、毅然さと取り戻した男子と、優しさを見せ始めた女子との間で、ふんわりとした空気が漂い始める。

 それこそが、ソロリティの天上会長が望んでいた姿だったのか。ちょっぴりの女性上位のもとに、安穏とした日々が続く学園を見事に作り上げたのではないか。研究されていたのは七夜哉夜の方だった。会長の手のひらで踊らされていただけだった。そんな想像すら浮かんでくる。

 七夜哉夜にとっては、最初に誑かした少女だけでなく、優れている上に容姿も端麗な美少女たちと良い感じになれた訳で、端から見ればとてつもなく羨ましい。だからといって納得できるかというと、そうでもないのが、<ジェイクスピア遣い>とふたつ名で呼ばれる七夜哉夜。舞台の上で役者のように踊らされるなんてまっぴらと、内に秘めた毒をまき散らす瞬間を、天上院会長の下で虎視眈々と狙っていくだろう。

 見守ろう、どんな方法で、どんな言葉であの怪物を攻略するのかを。


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