ひみつの陰陽師 ひとつ、秘め事だらけの宮廷絵巻

 巧い。そして面白い。集英社のコバルト文庫が行っている小説の新人賞、ロマン大賞を受賞した藍川竜樹の「ひみつの陰陽師 ひとつ、秘め事だらけの宮廷絵巻」(集英社、571円)が、新人ながらも完璧に近い展開と、個性たっぷりのキャラクターで最初から最後まで読ませ切る。

 能力がなく、陰陽師を継げなくなった兄と違って、女子なのに才能を持っていた妹の真子。家のためと自分には双子の兄がいたことにして、男装して陰陽師となり賀茂真澄という名で陰陽寮へと出仕。凄腕ながら人嫌いで、なかなか出てこない先輩陰陽師の飛鳥戸玲雅に助手として付き、上司に命じられるままあやかし退治に京の街を奔走する。

 「とりかへばや」の昔から、あるといえばよくある男と女の入れ違い。とはいえそうした設定から来るような、倒錯的な色恋沙汰へとは向かわない。事情があって自分の正体を明かせない真澄の、時に焦りながらも毎日を一所懸命に生きていく姿が、主に描かれていてすがすがしい読み味を感じされる。

 鬱屈している性格ながら、才能豊かで実は面倒見も良い玲雅も、読んでいて憎めず、むしろ好ましく映る。そんなキャラクターの配置が見事な上に、それぞれの性格がにじみ出た、テンポよく進んでいく会話がまた楽しい。そうして描かれるストーリー全体の構成には、読んで人の情念の深さ、恐さについてハッと気づかされる部分が多々。引きつけられる。

 そのストーリーといえば、宮中に現れる女性の、おそらくは生き霊を祓い、帝の寵愛を受ける桐壺の更衣によせられた呪いをうち払うため、真澄と玲雅が戦うといったもの。そこでは、とある女性の妄執と情愛が交錯する事件が描かれ、愛することの凄さと大変さというものについて、強く考えさせられる。

 同時に宮中で成り上がっていくために求められる、正義を殺して闇に傾く必要も。優しそうに見える顔の裏に隠された、本性を見たときに人は人の抱く執念の強さ、激しさ、お揃い差を知るだろう。

 主人公の真澄を女性と知る家来の蘇芳が、その許されざる恋心と、新たに現れた玲雅への嫉妬の念から、闇にとらわれ、主人に刃を向けさせられつつ、やはり守ろうとあがくシーンも重なってくる。その姿が痛ましく、そしていじらしい。

 素直に成仏させてあげるのが筋なのに、それを助けたいと願う真澄の心根に、優柔不断ながらも優しさが見え、他人に厳しく自分にも絶望しているような玲雅の心を揺さぶるあたりも、キャラクターを描く強さが現れている。誰1人として悲しませない物語。そこが良い。

 真澄の真子としての本性にまるで気づいていない玲雅も、真澄の健気な姿に不思議さを抱き、蘇芳の感情が何によるものなのかを知って、当惑と感嘆の入り混じった感情をめぐらせる。すべてが露見し、関係も複雑化してさあ次は? 情愛が絡むドラマが楽しみになってきた。

 宮中にあって、真澄や玲雅を助け導くしわくちゃな老女の正体にも、伝統ある日本ならではの深遠さがあって興味深い。これからの展開で、どういった絡み方をしてくるのか。そしてその目的は。彼女たちは真澄に何を託そうとしているのか。とても気になる。

 男装しながらも、宮中での仕事があって女装しろといわれ女子が、男子と偽っていながら女子の格好をする姿に、妙な感じを抱きつつ、朴念仁だからそれとは気づかない玲雅と。微妙な感情が行き来する展開はやはり面白い。バレそうで、けれどもバレないものの、やっぱりドキドキさせられる。

 このシチュエーションが、次からはもう楽しめないという残念さはあるものの、未だ真子に真剣な恋心を抱く玲雅の上司の存在もあり、男装女子の女装という一種の倒錯を、まだまだ楽しませてくれそう。出自からくる不安に迷っていた玲雅に秘められていた力が、本気で発揮されるような深淵な事件にも興味が及ぶ。続きを待ちたい。


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