ぶらぶらひでお絵日記

 1番を挙げるなら、185ページの左肩のところに描かれている、たぶん電車の横長シートに腰掛けて、膝の上に肩からよく皆がかけている四角いスクールバッグを置いて、手に持った本を読んでいる眼鏡をかけた女子高生だ。その佇まいから感じられる知的でクールな雰囲気は、けれども委員長然とした固さとはちょっと違った優美さも併せ持っていて、話せばさまざまな知識を、夢も交えて語ってくれるのではないかと夢想させる。

 セーラー服ではなくブレザータイプで、Yシャツにネクタイというクールさも大きなポイント。ぎゅっと上までネクタイを締めているわけではないけれど、だらりと結び目を大きく下げて襟ぐりを広げているわけでもないちょうど良さは、生真面目なだけではなく、かといってだらしなくもない性格の自在さを示している。靴はリボンタッセルか。ソックスはかつて流行したルーズタイプではなく、膝のやや下までくる黒いハイソックス。このあたりもクールな知性派といった印象を醸し出すポイントになっている。

 とまあ、たった1人の女子高生を描いたたった1枚のイラストから、実にさまざまなことが語れてしまうのはつまり、それだけ女子高生というカテゴリーの人間が、分厚くて奥深くて幅広い存在感なりエネルギーなりを持っているからに他ならない。同じように男子高校生のイラストが1枚あったところで、それを見て何が語れるのか。顔が良いか悪いか。足が長いか短いか。あそこが多きかもしれないか小さいかもしれないか。そんな程度。実につまらない。

 そこに居るだけで、否、そうした実在ではなくもはや観念として女子高生は、とことんまで語り、考察し、哲学して観察し、研究して解剖できる存在なのだということを、そんな女子高生を確実に世界で1番、描いては1冊の本にまとめあげた吾妻ひでおによる「ぶらぶらひでお絵日記」(角川書店、1200円)は教えてくれる。表紙からして髪を横で両脇に束ねてリボンを結んだ女子高生で、丸くすぼめて開き気味になった口が、先の眼鏡の女子高生のような知性とはまた違う、迫りたい愛らしさで世の男子を吸い寄せる。

 帯にもやっぱり女子高生で、前髪をそろえ横と後ろは長く伸ばした髪から耳だけがひょっこりのぞいたその感じは、完全なボブが見せる大人感なり神秘感をうち破って、楚々とした印象を周囲に与える。黒い靴下にコインローファーもそんな清楚さを補強するけれど、1点、短いチェックのスカートは、時代性を映したものとはいえ、いささかの無防備感を覚えさせて、男子の知性からのアプローチを飛ばした、欲望のベクトルを喚起させそう。

 その帯が折り返しになった部分に描かれ、本文では9ページの右上部分に描かれている眼鏡の女子高生もまた、本を読んでいる姿が電車で本を読む眼鏡の女子高生と同様の、知性派としての存在感を醸し出すものの、両側で縛ってたらしたツインテール系の髪型と、キリッと上がった眉がやや性格面での強さ、あるいはツンケンとした感じをキャラクターに与えている。同じように見えても部分が違えば変わる印象、そして中身。女子高生とは一筋縄でいく相手ではないのだと、改めて強く知らされる。

 141ページの左下の女子高生も、やっぱり眼鏡で本を読んでいながら、かけた眼鏡のタイプや本を眺める視線、ニヤついているようにも見える口元から、相当に頭脳派でなおかつイタズラ好きのキャラクターだと想像させる。裏でハッキングをして生徒の情報をすべて集め、金をもらい売っているような情報屋といったおもむきか。28ページ右上の金属フレームのオーバルな眼鏡をかけた女子高生は姉としての属性を備えていそう。197ページのセーラー服を来た眼鏡の女子高生からは、ふさっとして野暮ったさの残る髪型に母としての属性が漂う。

 眼鏡の女子高生だけをとっても多彩で抱負なそのキャラクター。それらをしっかりと描き分けてみせる吾妻ひでおの絵の巧みさもさることながら、瞬間に見てとらえた特徴を、間をおかずスケッチとして紙の上に定着させ、そして帰って完成された絵にしてみせる観察力の鋭さにも、ただひたすらに敬服するよりほかにない。

 それだけではない。41ページから連続して繰り出される、女子高生たちがバットでボールを打ち、背面飛びでバーを越え、ハードルを跳び、オーバーヘッドキックを放ち、竹刀を構え、ハンマーを投げ、バーベルを背負い、サーベルで突き、クロールをする姿をすべて、制服姿で描いた絵には、瞬間の観察によって得られた情報を、運動の場面と組み合わせて動きのある絵にしてみせる、アーティストとしての想像力であり創造性の強さ、大きさを否応なしに見せつけられる。

 ただひたすらに女子高生が描かれていて、それでいてただ漫然と描かれているわけではない女子高生たちから、読者が得られるものは計り知れない。見た目の麗しさはもちろん、そこから人物を想像し、社会を想像し、歴史を想像して宇宙を想像する楽しみがある。ただひたすらに素晴らしい本としか言いようがない。なおかつそんな女子高生たちの合間には、読んだ本や観た映画やドラマ、聞いた音楽の感想も綴られ一時のポップカルチャーの隆盛を、知ることもできる。ただひたすらに貴重な本としか言いようがない。

 手に取り開きながめて好みを探すもよし。ひとりひとりを舐めるように見てそれぞれの深さを探るもよし。合間の文章から今の文化を知る手だてにするもよし。これ1冊あればそれこそ無人島に送り込まれて3年間を過ごせといわれても、平気で没入してあっというまに期限を迎え、それでも足りないとなお3年を欲することができるだろう。一生のお供に。女子高生たちと一生を送るバイブルに。


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