HEISEI ILLUSION
平成イリュージョン

 「ありえたかもしれない、もうひとつの歴史」に憧れる人、関心を持つ人が多いことは小説なり、映画なり漫画といった分野で過去から現在にいたるまで、数多くの作品が描かれていることからも解る。SFでは小松左京の短編ディックの「高い城の男」そして筒井康隆の「美藝公」を例に挙げるまでもなく、1つのカテゴリーを作れるだけの作品群を擁して傑作も多くある。あるいは「架空戦記」と呼ばれる作品群が、小説ではそういった興味を満たしてくれるものとして、大きなジャンルを形成している。

 どうして歴史改変物がこうまで描かれたのか。おそらくは人が持つ「やりなおしたい」という願望、「ここは自分がいる場所ではない」という流離の気持ちが現実を否定し、改変された歴史に居場所を求めたがるからだろう。もしくは改変された歴史が描き出す「現実」を今ここにある現実と比較することで、「現実」なり現実の問題点を差異より指摘し暴こうとする意図があったからだろう。

 歴史改変物で時として問題になるのは前者がはらむ「否定」「逃避」のマインドで、傷つけられた仕返しを改変した歴史によって晴らす「復讐」のマインドだが、だからといってそれを真っ向から否定し忌避することははなかなかに難しい。むしろそうした作品群によって浮かび上がる、低きに流れるにしろ安きに走る人間の弱い気持ちをとらえ、耽溺するのではなく1歩身を引きどうして歴史改変物がこれほどまでに「楽しい」のかを、突き詰めて考える道筋を与えてあげることが、いたずらな糾弾をかわす道筋を示す。言い訳に過ぎないのかもしれないが、それでも楽しみを奪われるよりは持っておいた方がいい。

 電撃ゲーム3大賞の中で漫画部門の大賞を授賞した小だまたけしの「平成イリュージョン」(メディアワークス、850円)も、一種の歴史改変物として位置付けられる。収められた「平成イリュージョン」のシリーズタイトルで括られた6本の短編のうち、同じキャラクターと設定を使った冒頭の2本の舞台は、満州国を建国した後の日本が米英による圧迫に切れることなく戦うことを避け、耐乏生活を覚悟の上で「鎖国状態」に入った果てに、「昭和」が終わって「平成」という時代が到来した「大日本帝国」。日清戦争の直後に広島が遷都によって首都となり発展していて、近代的なビルはそれなりに立ち並び映画館もゲームセンターもあって現実の日本とそれほど違いはないものの、陸海空軍が存在しており憲兵隊も存続している。

 当然ながら国体を護持という思想も健在だが、時代が「平成」となって鎖国状態が開放へと向かい諸外国と対峙していた「冷戦」の緊張が損なわれたことで、国家への飽くなき忠誠心にほころびが生じ初めていた。長い耐乏生活から抜け出て自信を律する拠り所を失った人たちの気持ちが帝国から離反するのもまた真理。その結果、どこか別のもう少しましな世界が本当は存在しているのではないかという「平成幻想症候群」なる一種の病が、人々の間に流行していた。

 第1話では、そんな社会に暮らす真面目な憲兵の少女と、満州から帰ってきた若くして英雄と讃えられる戦果をあげた憲兵少尉が、国威を発揚して人心をまとめ直すために軍が開いたイベントを襲うテロを防ごうとした活躍を通して、もしもの世界と今の世界を比べてどちらが「まし」だったのかを問い掛ける。答えを明示せずあからさまな「現実」あるいは現実の称揚もない展開に物足りなさは覚えるが、まず考えさせるという目的があったならそれはとりあえず果たされているようだ。

 2話目の方は、冷戦状態の終結で低迷しかかっている国内の軍需産業を細らせないために、世界へと転戦して金を得ようとする輩の陰謀を、前作の憲兵少尉が暴くサスペンス仕立ての展開になっている。それはそれで面白いのだが、「ありえたかもしれない、もうひとつの歴史」というテーマそのものに迫ろうとしていた前作に比べると、軍事謀略物としての楽しさはあっても哲学的な深さで及ばないような気がした。もっとも、陰謀の謎がとけてもそれでどうにかなる訳でもない点は、やるせないけどそれなりにリアルで、読む人の身に人間の無力さを覚えさせてくれるから良しとしよう。

 収録された短編では、金星を舞台に自分は犠牲になっても星の仲間たちは救って欲しいと願う少女の勇気ある振る舞いを描いた「女神の背信」に心震わされ、さらに登場した際にはどうにも情けない自主性の乏しい官僚に見えた地球から来た男が、真相を見極めた挙げ句に毅然として真実を語るドンデン返しの展開に、物語りを作る上での作者の力量を感じる。1つ前の「ロボ家政婦は見た!?」も同様。展開のおかしさがラストに別の感動を呼び起こす。

 巻末の「再び」とサブタイトルが付けられた短編で、憲兵少女の話に戻って冒頭の2話をのぞけば一読ではまるで無関係に見える各エピソードを「ありえたかもしれない、もうひとつの歴史」として「平成イリュージョン」のタイトルの下にまとめるのはなかなかに苦しいが、いずれの短編も、幻想になど惑わされることなく、自分を信じ現実を見据えて行動することの大切さを訴えていることを汲んで、そこに共通のメッセージを読みとることも可能だろう。何よりそれぞれにしっかりと物語の骨があり、血肉の通った絵やキャラクターがあって楽しめる。次にどんな作品を描いてくれるのかが楽しだ。


積ん読パラダイスへ戻る