葉桜が来た夏

 宇宙の彼方からやって来た巨大な十字架型の巨宙船が、日本の上空で落下し故障か何かでもう宇宙には帰れなくなってしまう。乗組員から降り立ったのはすべてが美少女という宇宙人。仕方がないと地球人の間に入って暮らすことになりました。おしまい。

 そして始まるハーレム生活、なんて漫画のようにならないのが夏海公司の「葉桜が来た夏」(電撃文庫、550円)。移民船だった十字架型の宇宙船の巨大さに、恐れをなしたか危険を未然に防ぐためか、日本の基地に駐留していた米軍が核を発射。これを攻撃と見なした宇宙船の乗組員たちは、琵琶湖の中へと突き刺さった宇宙船から出て、日本人に反撃を始める。

 不幸なファーストコンタクト。地球に比べてはるかに発達した科学技術を持つその宇宙人、アポストリたちは200万人もの死者を日本人に出す苛烈な攻撃を繰り出した。もっとも、知性も教養も持ち合わせたアポストリ。ひとりの日本人外交官の努力もあって、日本人とアポストリの間で誤解だったことが理解され、和平の道へと向かう。

 宇宙に帰れなくなったアポストリたちは、琵琶湖を中心にぐるりと壁に囲われた滋賀県周辺を居留区にして暮らすようになった。女性ばかりで繁殖の術を持たないアポリストたちは、同じ地域に囲われた日本人と共棲して遺伝子をもらい、代わりに科学技術を日本政府に分け与える関係を築き上げた。

 そして年月が経ち、アポストリの到来後に生まれた高校生の南方学が、共棲を義務づけられた歳に達した。父親は日本を代表して居留区に派遣されている大使。そのこともあって南方学の相手に選ばれたのは、アポストリの代表、茉梨花の姪にあたる葉桜という名の美少女だった。

 アポストリならではの爆発的なパワーを持ち、性格はとことん強気の葉桜。学の所に住み込んでは、あれやこれやとぶつかりながらも選ばれた使命感に背を押され、学との仲を近づけようとする。もっとも、学は葉桜への恋心を抱かない。かつて母親と妹を片腕のないアポストリによって殺害された記憶が、アポストリへの反感となって学を捉えていたからだ。

 和平にこぎ着けたはずのアポストリが人類を殺害した。そんなことが露見したら、せっかくの平和が崩れてしまうと考えたからか、学がアポストリの犯行を主張しても、上はまったく取り合ってくれなかった。その悔しさを胸に刻んで、今も片腕のアポストリを見つけ出し、母親と妹の仇を討とうと学は狙っていた。

 たとえ父親の厳命であっても、アポストリである葉桜なんて受け入れられるはずがない。そう拒絶していた学の周囲に不穏な動きがわき起こる。200万人を殺害された記憶はそうそう簡単には消えはしない。アポストリの技術を日本だけが独占していることにも、世界の嫉みが募ってい。混乱と分裂を狙い、日本の中にアポストリ排斥運動を起こそうとテロを企てる集団が現れ、学たちを襲って来た。そしてそ最中に、学は大変なものを見てしまう。

 20歳前くらいで成長を止めるアポストリは、誰もが絶世の美少女ばかり。そんな少女たちと一生を添い遂げなくてはいけないと言われて、男性だったら歓喜に打ち震えるのが感覚的には普通だろう。共棲を選べば滋賀県付近の居留地から一生出られなくなるけれど海はなくても琵琶湖だったら泳ぎはできるし、山もあるからスキーだって楽しめる。本や映画の類だったら大都会へと出かけなくても触れられる。だから大半は共棲を受け入れている。

 もっとも、200万人を殺害された経験を人はすぐにうち捨て、目の前の歓喜に飛びつけるものなのだろうか。経済や技術を振りかざしてアジアの各国に行ったところで、日本人がすぐに受け入れられなかったのは歴史に承知の出来事だ。

 意図ある侵攻だったら、やはり抵抗があっただろう。アポストリと人類の場合は、最初にボタンの掛け違えがあった訳で、それを理由に仲直りすることだって出来たのかもしれない。自分たちが生まれる前の話だと、割り切れるものなのかもしれない。

 ただ、現実の世界もそうやって割り切って過去を清算してくれるのだろうか。記憶に残った憎しみの上澄みだけが精製され、後生に受け継がれることも現実には起こっている。過去を過去として理解し、今を今として認めつつ生きることは可能なのか。それは必要なことなのか。日本人とアポストリ、学と葉桜の関係がそんなことを考えさせる。

 事件が片づき、わだかまっていた学の憎しみが果たして解消されたかは分からない。ただ、少なくとも葉桜との間にあった壁は崩れた。そこから始まる関係が、未来の世界の中でどう育まれ、そして日本が置かれた立場、アポストリが置かれた立場をどう変えて行くのかを注目しながら、未来を考えてみたい。その為にも続いて欲しいシリーズだ。


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