セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする

 想像は出来るし共感もあるいは可能かも知れないけれど、理解となるとやっぱりなかなかオトコノコには、オンナゴコロというやつは頭に余るものみたい。おかざき真里の「セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする」(祥伝社、933円)に収められている幾つかの短編を読むほどに、そんな思いがますますふくらんでいく。

 まず表題作。何があってかは知らないけれど、家に転がり込んで来た従姉妹がいて、仕方なしに同居する日々が続いている。付き合っている男性とセックスして帰った日、その従姉妹に「異物のにおいがする」といわれてしまい、以降、「ちがう生き物のにおいがした」「汚い気がする」という言葉が頭から離れなくなって、相手と仲がだんだんとギくしゃくしていってしまう。

 そんな女性の心理はあるいは、同居している従姉妹に嫌われたくないという、八方美人的なものかもしれないし、より深い場所に眠っていた感情が目覚めたものなのかもしれない。むしろ単純に、相手の男との中に入りかけていたヒビを、従姉妹の言葉によって再認識しただけなのかも知れない。シチュエーションこそ単純だけど、いかようにも読める展開に、女性の感情の機微の細やかさ、複雑さに感心し、驚嘆しながらちょっぴりの恐れも抱いてしまう。

 それから「草子のこと」。犬の散歩で踏み込んだ草原で、地面から生えていた草子って名の少女と出会い親好を深めたものの、草子の隣りに男の子が生えて来て、2人仲良く並んでいる姿にやっぱり複雑な心境を抱く女性の心の機微が絶妙で。人間が生えて来るなんて設定はとてつもなく不条理だけど、読んでいて開放される感じが味わえて面白い。

 唯一の中編で3部からなる「雨の降る国」は、ふとしたきっかけから不登校になった少女の家にプリントを届けに言った同級生が、少女の兄にすこしづつ惹かれるようになっていく様子が描かれて、ともすれば友情と恋愛との板挟み的なストーリーに発展しそうだったにもかかわらず、最後は崩れていってしまう展開になっている。

 「あたし」「……”あそこを通るお兄さん”が好きだったのかもしれない」と吐露する同級生の言葉が指しているのは、不登校の少女のベッドの上で体を寄せ合う2人の後ろを、見て見ぬふりして通り過ぎる少女の兄のことだ。最後には口に出して、同級生は兄に誘いをかけるけれど、兄は起こり同級生は逃げだす。なぜかそから2人の付き合いが始まってしまうのだけれど、やっぱり破局を迎えてしまう。

 「お兄さんもあそこに入って来れば良かったんだよね」とつぶやく同級生の、破局した理由を兄の心理的な葛藤に押しつけようとした心理もそれで理解し難いものがある。けれども、そんな同級生に向かって「ムリだったんだよ」「だって兄キ男だもん」と断じる少女の言葉が持つ、明白な拒絶がいったいどうして湧き出たのかも、オトコゴコロにはなかなか容易には理解が難しい。

 もちろんだからといって、それらが今の時代にリアルなオンナゴコロの現れだとも限らない、かもしれない。オトコゴコロもオンナゴコロも関係ない、性別を越えた愛情とか、心情とかいったものによって生まれるさまざまな感情が、経験の乏しい心に違和感を与えているだけなのかもしれない。

 それでも部分部分にのぞくオンナゴコロのリアルっぽさ、オトコゴコロのイマっぽさは存分に伝わってくる。こういった感じで、他に収録された作品も含めた全編にわたって繰り出される、複雑怪奇な感情の流れを読んで、朴念仁ならオンナゴコロの複雑さをちょっと、ジコチュウならオトコゴコロの単純さを少し、学んでみてはどうだろう。

 ストーリーは妙に不条理だったりブンガク的だったりして、「いたいけな瞳」前後の吉野朔実に通じる部分も多少ある。もっともシンプルな線で記号っぽく描く吉野朔実の絵柄と、おかざき真理のそれは対局にあって、同じ様に「にへらっ」と笑ったり「ぴゃぴゃっ」と喜んだりする少女でも、おかざき真理の絵のほうが、持っている肉感のみずみずしさが目に入って、より官能へと働きかける。

 にも関わらず、エロという訳でも淫靡という感じでもないのがおかざきさ真理ならでは。性的な快感とは違う意味で、呼んで心地よさを感じられる絵とストーリーを、やはり独特の才能だと讃えるにいっさいの躊躇はない。時代の最先端と持ち上げられることこそ少ないけれど、着実に時代を、そして人間を切り取りマンガにしていくその技の冴えを、長く堪能させてもらえることをただ願おう。


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