春に来る鬼 骨董店「蜻蛉」随想録

 「夢売り童子陰陽譚」(朝日ソノラマ、533円)をはじめ、書誌に幾つかの名を刻みながら、静かで強い印象を残して来た日向真幸来(ひるが・まさき)の新刊が登場した。「春に来る鬼 骨董店『蜻蛉』随想録」(エンターブレイン、560円)は、名古屋や奥三河が舞台という、愛知県に縁のある人間にとってはそれだけで傑作の太鼓判を押したくなる設定を持つ上に、ストーリー展開やキャラクター描写の面でも傑作と言って言い過ぎではない強さ、奥深さを持った作品だ。

 奥三河にある村に伝わる「天狗の鬼退治」という祭りで、天狗とお多福の交わりを演じる踊りのお多福役に、大学受験に失敗して落ち込む村の女子校生・瑞穂が選ばれた。晴れがましい役割ながらも瑞穂はまったく乗り気ではない。見えないものが昔から見えてしまった瑞穂には、一昨年に同じ祭りでお多福を務めた、都会から研究にやって来ていた大学生の上野亜美が、祭の最中に行方不明になった事件の原因を、鬼がさらったせいだと信じ込んでいたからだった。

 そんな村に、名古屋にある骨董店「蜻蛉」の主人の孫で、大学に通いながらも見習いをしていた辻屋祥一郎という青年が、玉泉寺という寺の住職で医師でもあった川原輝清から頼まれ、骨董を引き取りにやって来ていた。お多福と同様になり手のいない天狗役に、祥一郎を抜擢したいと画策した川原は、自分が持つお宝と引き替えに祥一郎に天狗を務めるよう要求する。

 得意先の要求で差し出された「トレードビーズ」と呼ばれるお宝にも心が傾いた祥一郎は、天狗役を引き受けることを承諾する。お多福役になった瑞穂から、上野亜美の失踪を聞かされ身を引こうとし、瑞穂も同様に辞退を叫ぶところに現れたのが祥一郎の先輩で、女性と見まがうような美貌を持った東山淳之介という青年。日本舞踊の家元の孫息子で、喋り口調も女性っぽい淳之介の優しげな説得もあって、瑞穂はお多福役を務め祥一郎も天狗役を務める。

 お多福役に挑む決意といっしょに、瑞穂は自分の進路も決断する。因習やしがらみにとらわれない生き方をしようと決意し、憑き物の落ちたような気持ちで臨んだ「天狗の鬼退治」の最中。瑞穂は山腹に灯る光を見つけ、そしてすべての真相は暴かれ、痛ましい事実が浮かび上がって憤りと悲しみを呼び起こす。

 途中に「天狗の鬼退治」のいわれとなった、戦国時代のエピソードが挟まれてるのが特徴で、本編を一気に読んだ上で、女子大生失踪の事件の謎解きへ移るミステリー的な段取りの物語に、人の怨みがもたらす恐怖なり、山と里という近いようで絶対的に遠い関係なりを浮かび上がらせる効果を醸し出す。その上で、現代に視点を帰して因習に縛られることの勿体なさというものを指摘し、一方で古来から続く習俗にも大切なところがあるのだと教えられる。

 祥一郎や淳之介が通う大学の院生で、教授の助手のような仕事をこなしている青峯由多加という女性が、サブキャラながらもなかなかの存在感。考古学の貴重な記録を盗掘しようとする輩には激しい敵意を燃やし、得意の棒術で挑む姿が勇ましい。サブキャラといっても脇に甘んじず、本筋となる事件でも大いにその手腕を発揮してくれる。これは嬉しい展開だ。クライマックスで大技を披露する淳之介は別格として、祥一郎よりは確実に目立っておりまた役にも立っている。続編があるのなら是非にその活躍に期待したい。

 文化人類学ならぬ人類文化学部のある北嶺大学とはつまり、人類学科を備える名古屋の南山大学を指すのだろう。ほかにも覚王山にあって仏舎利を祭る日泰寺や、おおあんまきで知られる藤田屋といった、名古屋や三河に縁のある人だったらピンと来る固有名詞も多々。地元びいきの読者を惹きつけそうだ。

 そうでなくても現代に伝わる奇祭が持つ意味というものを描き挙げ、何がしたいのかと迷う若い人たちに何をしたいんだろうと考えさせるきっかけを与え、自らの想いを貫き通す気持ちを沸きたたせる物語。且つ不思議に見える現象の背後に蠢く、人間の欲望が招いた事件の真相を暴き出すミステリー的な要素も楽しめる。

 何より祥一郎に淳之介、由多加に予備校に通うことになった瑞穂といった、それぞれに特徴を持ったキャラたちがここに誕生した。作者の紡ぐ幻想と推理の物語の中、彼ら彼女たちがどんな成長を、活躍を見せていくのかを期しつつ待とう。


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