グースバンプス


 先日、ソニー・マガジンズに仕事で行って、アメリカで大ベストセラーになっている「グースバンプス」というシリーズがあることを教えてもらいました。R.L.スタインという人が書いているジュニア向けホラーノベルズのシリーズで、アメリカでは実に4000万部も売れているのだということです。

 ソニー・マガジンズでは去年の8月から、この日本語版の刊行を始めたのですが、1巻につき1万部がやっとというところで、アメリカほどの大ベストセラーにはなっていません。子供が活字の本を読まなくなったと言ってしまえばそれまででしょう。しかしながら、ゲームやアニメや漫画を素材としたヤング・アダルトと呼ばれている小説群が結構な隆盛を誇っているところを見ると、「グースバンプス」の日本での苦戦は、違う理由があるように思えてきます。

 ゲームやアニメや漫画を素材とした小説は、ベースとなったゲームなりアニメなり漫画のイメージを思い浮かべながら、活字を追うことができます。加えて、ヤング・アダルトと呼ばれている小説群には、丁寧なことに何10ページかに1枚はイラストが出てきますから、それが読者のイメージ喚起を助けてくれます。しかし「グースバンプス」には、表紙にアメリカ版と同じイラストが出ているほかは、いっさいイラストが入っていません。広い前庭や部屋数の多い家、町外れに広がる畑や原っぱといったアメリカの田舎町の光景を、何の手助けもなしにイメージし、そこに登場してくる人物に自分を投影していくことは、なかなか容易ではありません。

 子供の情操に配慮しているためか、「グースバンプス」では、内蔵がぶちまけられたり四肢がちぎれ飛ぶような描写も、人が人を殺すような描写も極力抑えられています。親の視点に立って(といっても未婚の自分には仮にの話ですが)、情操に配慮しつつ、活字への興味を持たせる本として与えるには、最適の部類に入る本といえるでしょうが、ゲームやアニメや漫画の世界で、派手なアクションシーンに慣れっこになってしまった今の子供たちが、果たして面白がって読んでくれるのだろうかと、少し考えてしまいます。

 私自身は、何冊か読んでみて、小学生や中学生だった頃に熱中した、SFやミステリーのジュブナイルに近い、懐かしさと同時にワクワクする感覚を得ることができました。第1巻の「死の館へようこそ」こそ生硬な訳文が引っかかりましたが、第2巻の「地下室には近づくな」以降は訳文もこなれて、テンポよく読み進むことができます。「ニンテンドー」と訳されていた品物が、巻を追うに従って「スーパーファミコン」と訳されるようになったのも、訳者と編集者が勉強して、日本人の感覚に入り込みやすいように配慮していることの現れです。

 ゲームやアニメや漫画を読むなということではありません。ゲームやアニメや漫画といっしょに、活字の本も読んで欲しいというのが、活字の世界に携わっている自分の切実な気持ちです。新聞を漫画やアニメに置き換えることは、不可能とはいわないまでも、相当に難しいですから。「グースバンプス」は活字の世界に子供を引きずり込んで話さないだけの魅力はあります。あとは扉を開くだけ。背中を押してあげるだけ。さあ、あなたもいっしょに「とりはだ体験」してみません?


積ん読パラダイスへ戻る