銀世界と風の少女

 愛とは諸刃の剣。愛すれば慈しみが育まれて世界に安寧がもたらされるけれど、愛し過ぎれば周りがおろそかになって逆に反発を招き、世界を混乱へと陥らせる。

 愛されなければ寂しさに苛まれて行き場がなくなり、愛されすぎれば重荷となって身を苦しめる。愛の素晴らしさと困難さ。そんなドラマが、銀色の砂が降りしきる美しくも過酷な世界を舞台に描かれているのが、松山剛の「銀世界と風の少女」(一迅社文庫、638円)だ。

 「粋銀」という物質が積もる砂漠に覆われた世界。砂漠をはさんでルースライン王国とグランドアーク共和国があって、長く交流を重ねていたものの、誰かが欲望にそそのかされたのだろうか、突如グランドアーク共和国がルースライン王国へと進軍し、激しい戦争状態へと陥った。

 ルースラインは国境地帯の砂漠にまんべんなく地雷を敷設し、グランドアークの進軍を阻む。砂漠に蠢く巨大な生物たちも人間を襲って戦争は膠着。そのまま事態は和睦から平穏へと向かうものの、戦争の爪痕は砂漠やその周辺を、人間が入り込むには危険な場所へと変えていた。

 踏めば手足が吹き飛び、命にも関わる危険な地雷。それを除け、人間を襲う巨大な生物たちを避けて砂漠を行くには、赤道と名付けた細いレールの上を列車によって行き来する必要があった。そして、風に吹かれて散らばる地雷を除去する仕事や、襲ってくる巨大な生物を走ることで引きつけ、隊商などから遠ざける「闘牛士(マタドール)」という仕事が生まれた。

 ヒロインのソレイユは、そんな「闘牛士」のひとりで、少数精鋭ながらも高い実力で評判を取っていたセルバンテス団に所属し、仕事をこなしていた。まだ若く、巨大生物を引き寄せ、限界まで走ろうとして危地に陥る失敗も見せては、先輩の団員から注意されていた。

 それでも少しづつ成長を見せていた彼女に、ひとつの試練がふりかかる。ソレイユと同じ孤児院で育ち、ともに「闘牛士」に進みながらも、考え方を違えて反目し合うようになったイヴという少女が護衛していた王女の一行が、何者かによって襲われ、イヴと王女だけがシェルターに入って命を長らえる。

 もっとも王都に王女の生存は伝わらず、行方不明の王女を捜して「闘牛士」たちがが集められることになった。反目はしていても友人として愛しく思っているイヴを助けたいと、ソレイユもセルバンテス団から休暇をもらい、王女救出の一行に加わって砂漠に赴く。そこでなぜか凶暴さを増しているような砂漠に行く手を遮られた果てに、とある村へとたどり着く。

 そこで出会った学者によって語られる世界の有り様。人類によって環境を破壊されていることに対する、自然の懲罰にも似た動きがあらわにされて、世界というものの大きさを知らされる。さらに起こる、王女を追って砂漠へと出た王妃の狂乱が引き金となった悲劇。愛しすぎたが故の騒乱に、どうしてそうなってしまうんだと身を焦がされる。

 幼い頃のソレイユとイヴのエピソードから、ソレイユにはヒロインとしてなにがしかの力があることが仄めかされる。かといってすぐには明らかにはされない。異能の持ち主が世界を救い導くような展開へも向かわない。

 むしろ、ソレイユの仲間や友人、そしてイヴが深く知り合う王女といった登場人物たちの背後にあるドラマを描いて、そこから生まれた関係性によってもたらされる勇気なり、怒りなり、悲しみといった感情の意味を考えさせる。

 王女に対する王妃の深くて激しい愛の様は、時に歪んでしまってはいるけれど、奥に深さを持った愛であるとも言えて、彼女が犯した罪への憤りとは別の慈しみが湧いて泣けてくる。怪獣と人類の狭間にあって、差別され虐げられながらも懸命に生きる者たちを描いて欲人を泣かせた「怪獣工場ピギャース!」(新風舎、848円)の作者の本領、ここに発揮といった具合か。

 惑星や生命が意思をうかがわせる生態系として描かれ、その上で人間たちが翻弄されながらも己をもって生きていくという設定は他にも多い。けれども、そうした中で粋銀の降り積もる砂漠の美しさ、ばらまかれた地雷がもたらす悲劇の痛ましさ、そんなことを平気で行い、まるで恥じず、人や星を痛めつける人間の愚かしさといった要素を加えて、目を引かせる。

 戦いに勝利したいというのも、故国に対するひとつの形。だから地雷を敷設して身を守ろうとする。けれども巻きすぎた地雷は、己をも苦しめる存在となる。戦争もまたひとつの行き過ぎた愛がもたらす悲劇なのかもしれない。

 キャラクターたちもそれぞが魅力的に描かれている。誰もが生きてきた歴史をもって物語の舞台に立ち、これからも生きていくんだと感じさせる“確かさ”を放つ。セルバンテス団長しかり、ソレイユ以外のメンバーしかり、セルバンテス団とはライバルのリングヴァルト団を率いる女傑、バスケス・リングヴァルトしかり。愛する思いを様々な形にして示しては、入れられたり、誤解されたりしながら生きている。生き抜いている。

 独特の生態系を持った世界の成り立ちへと一気に迫り、ソレイユの属性を際だたせるようにしつつ、描き込んでふくらませれば、それはそれで壮大な1冊のSF長編として立ち上がったかもしれない本編。ライトノベルという形式を持っている以上、複雑で壮大にする訳にもいかなかったのだろうか。

 だからまずは世界を見せ、メンバーの顔を見せた本編。この先に、勢揃いした登場人物たちによって紡がれる愛のドラマと、世界の真実に迫る物語を、これからの展開の中で描き継いでいって欲しい。ビジョンの壮大さに設定の緻密さが加わり、その上に泣けて喜べる物語が乗ったシリーズへと成長させていって欲しい。

 この作者なら出来る。絶対に。


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