月下の一群  月下の一群PART2

 時は帰らない。時は戻らない。

 けれども。

 帰って来て欲しい時がある。戻って来て欲しい時がある。

 喧噪に満ちた学生時代。静寂に満ちた学生時代。付いた離れたといっては仲間たちではやし立て、一晩中を飲み明かして語り合い、将来を思って不安に押しつぶされそうになり、期待にはちきれんばかりになっていた、あの学生時代に戻りたい。帰りたい。

 吉野朔実さんの「月下の一群」(集英社)を読むたびに、いつもそんな思いにかられる。

 そんな思いにひたりたくって、吉野朔実さんの「月下の一群PART2」(同)を読み返す。

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 K大椿町校舎。弟の慈雨の合格発表に居合わせた柿本毬花は、不合格になった受験生と間違えられて、むさ苦しい格好の男たちの一群に、声をかけられ慰められる。無事合格した慈雨は家を出て寮に入り、むさ苦しい一群の一人だった検見川政親と同室になる。入寮者の歓迎会に着いていった毬花は、そこで政親と再開する。

 アラビア語の授業。女性に人気の坂本講師の授業なのに、毬花は先生の顔をも見ずに、隅っこに座って漠然と授業を聞いている。そんな毬花を気に入ったと、ロングヘアーで美人の閑谷桐子が話しかけて来た。実は桐子は高校時代、政親と同じ美術部にいて、つき合っていたこともあったらしい。もっとも今は別れてしまい、普通の友だちの仲だという。

 別れ際に泣き叫ぶ桐子を、目でデッサンしていたという乾いた面を持つ政親だが、そんな政親に毬花は次第に惹かれていき、政親も毬花に親しい以上の気持ちを抱く。毬花に思いを寄せる講師の坂本が、毬花にプロポーズした瞬間、毬花は自分の気持ちに気付き、政親も自分の気持ちに正直になる。

 「あなたに いいたい事がある」「それは一度では とても いいつくせないので」「それはそのまま 言葉にするのが とてもむずかしいので」

 「少しずつ 話してゆこうと思う」「季節の風の吹くごとに その雨の降るごとに」

 「月下の一群」のエピローグ。素直じゃないけど心の中では、しっかり結びついた毬花と政親。振られた坂本先生も立ち直り、桐子や寮の仲間たちを交えた、毬花と政親の大学生活が新しく始まるはずだったのだが・・・・

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 「月下の一群PART2」で、新しい波乱がベンツに乗って登場する。佐原主子(しゅうこ)という名の長身の美人。政親の父親が見合いの相手として呼んだ主子だったが、政親が断ったにも関わらず、ことあるごとに政親の前に姿を現し、毬花に向かって棘のある言葉を吐く。

 政親や桐子や坂本や寮の人たちと付き合うことで、生来の内気からようやく脱しようとしている毬花にとって、主子はことのほか手強い相手だった。おまけに主子は政親から、子供の時分とはいえ、プロポーズまで受けていた。

 かつて政親は主子の家にあずけられていたことがあった。女ばかりの五人姉妹の末っ子だった主子と仲良くなって、別れ際に「ぼく、主子ちゃんをお嫁さんにする」と告げたとか。そんな四歳の自分の政親の言葉を、主子は覚えていたのかいなかったのか。なかなか本心を見せないままに、ことあるごとに政親にちょっかいを出す。

 忌避しながらも、次第に相手のペースに巻き込まれていく政親。そんな政親を信じられなくなった毬花。いったん入った亀裂を、二人はなかなか修復できずにいた・・・・

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 他愛もないキャンパスストーリーに、他愛もない恋物語。けれどもそんな他愛のなさが、人々の記憶の中にある、現実のキャンパスストーリーや、現実の恋物語に重ね合わされて、様々な思いを蘇らせる。

 恋があって仲間がいて、夢があって希望があった。失恋もあったし不安もあったが、それすらもよき思い出となって、今も心を飾っている。

 「月下」に集う「一群」の、邂逅や別離の物語を読みながら、それぞれの人がそれぞれの思い出にひたりながら、それぞれの時間に帰っていく。それぞれの時間を取り戻す。

 「いいの 私」「検見川君が どこに居るか」「知ってるから」

 「いいのよ」「どこにいても」

 「月下の一群PART2」のエピローグ。季節の風と、雨を乗り越え取り戻すことが出来た信頼を、ずっと二人は持ち続けることができたのだと、信じて本のページを閉じる。


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