ガチン!

 実力なきものは去る。それが格闘家の掟。実力は勝負で決まる。負けたら最後だ。去るしかない。負けたくなければ道はひとつ。勝つしかない。否。戦わなければ負けはしない。しかし戦ってこその格闘家。だから挑む。勝てそうのない戦いでも。勝つために。必死で。文字通りに死ぬ覚悟で。

 将吉の「ガチパン! オレの無謀なハードデイズ」(角川書店)は、そんな格闘家たちの勝負にかける熱くて重い感情がたぎった物語だ。高校生の三坊光世は空手家だった父親の期待を背負い、救世主になれと言われ育った少年。父親が川で子供を助けた代わりに溺れて死んだあとも、空手を続けに道場へと通っている。

 同級生の楓という少女の父親が開いている、というより開いた流派の道場が、門下生は主人公と楓のほかは、ヤンキー崩れのひとりしかいない貧乏道場。周囲に格闘系の道場がいくつもある中では最弱に近い勢力だが、だからといって決して実力がない訳ではない。

 館長は極度に娘を溺愛していて、楓が三坊を鍛えようとスタミナたっぷりのおはぎを作ったり、メディシンボールにパチンコ玉を詰めて寝起きの腹筋に叩きつけたり、進路希望調査票に勝手に「救世主」「地上最強の格闘家」「やっぱり救世主」と第3希望まで書いて提出して、三坊からお転婆だ何だと非難されるのを聞くと怒り出し、三坊を組手に誘っては圧倒的な力量差で痛めつける。つまりはとてつもなく強い。

 そんな道場に、国内有数の空手の流派から道場破りが参上。難癖をつけて勝負をふっかけようとするが館長は乗らず、黙ってお引き取りを願おうとする。館長故に負ければ流派が否定される、勝っても次また次へと強者が送り込まれて来るだけの果たし合いを受ける気はなかった。

 しかし血気盛んな三坊は、度重なる挑発に頭に来て拳を交えてしまう。ひとりは撃退したけものの、続く巨漢の襲来にてんてこ舞い。さらには近隣の街に現れては、正義の味方の仮面をかぶった姿で格闘家と見るや襲いかかり、討ち果たす事件が続出して、それに三坊も巻き込まれる。

 戦いに次ぐ戦い。負ければすべてが否定されてしまう戦いの中で三坊は、自分の弱さを見つめ直し、そして父親の想いを改めて受け止め、次のステップへと踏み出そうとする。

 こと三坊の目線で見るならば、分かりやすくて楽しい成長の物語。次また次と現れる強敵たちを討ち果たし、一方で道場の娘や学校の部活の先輩との関係も描かれる、熱さを甘さと痛さと苦さが混じったストーリーは口にフレッシュな印象を残してくれる。

 ただこのページ数でこれだけの物語を描いてしまった関係からか、やや急ぎすぎという印象も浮かんで来る。恋については学校で入っている天文部の唯一の部活仲間、豊巻胡桃との関係が煮詰まっていない上に、楓との関係も進展どころか心が交わされている感じがない。三坊は中ぶらりんのまま。

 戦いについても、最強の敵の登場が突然で唐突で、道場が直面していた道場破りへの対処もあっさりと吹っ飛んでしまう。ひとつ高い山を越えたら続く次の高い山。それらを乗り越え進みながら成長してえいく物語、という感じには盛り上がらない。

 それでも、格闘経験者の描く物語だけあって、最強の敵との戦いは緊張感があり読むだけで手に汗がにじみ出る。川で溺れて死んでしまった父親に対するわだかまりの解消というドラマも盛り込まれていて、読み終えてスッキリとした感覚はじゅうぶんに味わえる。

 だからあくまでも欲として、胡桃との関係をドロドロでもベタベタでも構わないからもう少し描き込みつつ、楓の主人公へのこだわりがいったい何によるものなのかを示しつつ、そんなトライアングルな中で身もだえする主人公を見せ、そして壁に当たりけ落とされ、それでもはい上がる主人公の格闘家としての覚悟を、見せて欲しかった。

 そうなれば感動の大巨編になったかもしれないけれど、それだと夢枕獏が得意とする10巻が終わってもまだ完結が見えないまま、延々と描き続けられる物語と似た状況に陥らないとも限らない。これはこれで良しとしよう。片岡人生と近藤一馬の描くイラストも漫画も楽しく、とにく楓がとても可愛らしい。

 ただし、表紙に楓を使うのは最凶の反則技。表紙だけ見て可愛いけれど勇ましいオレっ娘のラブコメ格闘ストーリーだと思ったら間違いなので、要注意。


積ん読パラダイスへ戻る