エルフ戦車毎日 我が祖国の名は

 俺たちの戦いはこれからだけれど、その前にちょっと身辺に不穏な事態が起こったところで終わっていて、「いったい続きは?」と大声で叫んで尋ねたいのに相手にはもう届かない。残念であり無念でもあり、不安でもあってドキドキとしてモヤモヤとした気分が、佐藤大輔の「エルフと戦車と僕の毎日2 我が祖国の名は 上・下」(KADOKAWA、各1600円)を読み終えてわき上がる。

 なぜかいきなり島田ユタカという名の日本の高校生が異世界へと転移して、気がつくとエルフがユダヤの民のように故郷を追われ各地に移り住んで3000年が経ち、ようやく故郷ともいえる場所に独立国家を打ち立てられそうになったものの、その途端に攻めたてられて大変だといった構図の中に放り込まれる。

 シチュエーション的にはユダヤ人によるイスラエルの建国と、それを妨害しようと周辺諸国が起こした中東戦争を模したような構図。そこで島田ユタカはファンタジー好きでエルフの美女たち大歓迎といった心理も働いて、エルフの側についてミリタリーオタクでもある自身の知識を注ぎ込み、戦車隊を立ちあげ率いることになる、といったあたりがシリーズのおおまかなストーリー。

 その始まりとなる「エルフと戦車と僕の毎日1 バンツァーエルフの誕生 上・下」(KADOKAWA、各1600円)では、女性のエルフが事故とか病気に遭いさえしなければ基本的に不老長寿でそして、男性エルフなり人間の男性を魅了しつつ自分も相手に魅了され、仲睦まじ過ぎるくらいに仲良く暮らす性質があって、それが長らくエルフ国家の設立を妨げ、また人間とエルフの間の確執にも繋がっていたといった前提が語られる。

 また、それまでエルフにとっての“聖地”を支配していた勢力が引いた間隙を縫って国家を立ちあげようとする独立派のエルフ勢力がいて、そして長く闘争を続けていたその流れを引き継ぎ攻めてくる人間と戦い続けるといった別のエルフ勢力もいて、激しくエルフを憎む人間たちの集団もいて、独立国家創設を阻もうとする人間の義勇軍いたりする勢力図も語られる。

 そうした中、今のこの現代、エルフが美女たちの集団で半ば憧れだといった認識に染まって生きてきた高校生の島田ユタカが、異世界へと転移して独立派のエルフ勢力と出会いながらも、その世界の人間のようには差別の気持ちも依存の気持ちもまったく抱かず、フラットに敬愛の意思を示したことにエルフたちは驚き、感激もして島田ユタカを受け入れる。そして、島田ユタカの知識を使って廃棄された兵器を買い集めては修理し、それでは足りないからと亡国の王族の特使といった身分も手に入れ、武器商人たちから兵器弾薬を買い集めて、軍隊としての体裁を整えていこうとする。

 戦車が数台で大砲もなく小銃の弾薬も数千発とかいったレベルでは、戦っても数分と保たないのが軍隊のリアルでシリアスな実情。それをしっかりと示して戦争ごっこ、独立ごっこのレベルに治めず、異世界からの転生なり転移といった作品にありがちな、俺TUEEEの無双も起こらないようきっちり締めている。そこは長く架空戦記を書いてバーチャルな中にリアルを埋め込み、読む者たちの想像力を刺激してきた佐藤大輔ならではの筆と言えるだろう。

 戦闘が始まれば、包囲された都市にいるエルフに救援を送ろうとした輸送部隊が全滅の憂き目にあって、島田ユタカの知人も少なからず戦死する。最愛のナイラ・ライナという美女のエルフにも被害が及ぶけれど、そうした事態も折り込みつつ、どうにかこうにかまっとうに戦える軍隊を作り上げ、文字通りに誕生したパンツァーエルフがいよいよ戦場に出て戦術レベルの戦いを繰り広げるのが、「エルフと戦車と僕の毎日2 和が祖国の名は 上・下」。ここでようやく“エルフ戦車隊、西へ”といった戦記ストーリーが始まる。

 つまりは本番。ここでもシリアスな戦いがあって、無双でも天才でもないただのミリオタでしかない少年が、本物の天才軍略家(美女)を相手に対峙する羽目にもなって、架空戦記めいた色合いがグッと濃くなる。そして初めての敗北に近い戦況の中で起こったある事態で、島田ユタカや他の搭乗員たちの命の危険を感じさせたところで、物語は打ち切られてページはパタンと閉じられ、続きが読めないのことがどうにも残念でならない。

 この先にエルフたちは誰が命を散らし、それを乗り越え戦いに勝利して独立国家の体を成しつつ、その後も繰り出される他国からの干渉を退け続けて、今のイスラエルみたな国家となり、内にパレスチナも抱えつつ現実の中東めいた緊張感に満ちた状況へと向かうのか。そこはエルフの博愛と人間の叡智が重なって、平穏と安定を得られる道が示されるのか。気になるけだけに誰かヤマグチノボルさんの「ゼロの使い魔」のように、構想を文字にして物語を完結させて欲しいと心から願う。願っている。


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