サークリットガール
円環少女 1 バベル再臨

 神様なんていない。祈ったところで神様が魔法のような力を使って願いをかなえてくれることなんてない。けれどもだからといって神様に祈る人はいなくならない。神様を信じる宗教は廃れない。

 どうして? それは誰もが神様を信じたいから。神様を信じる気持ちが救いとなって心を穏やかにしてくれるから。それだけで十分に人は幸せな気持ちになれる。ほんのちょっとの偶然を奇跡と信じて生きていける。

 もしも本当に神様がいて本当に奇跡がかなったら、人はどうなってしまうんだろう。それを嬉しいと思うかもしれない。すがり過ぎて堕落してしまうかもしれない。どっちに転ぶかはその人次第。でもやっぱり奇跡なんてない方が、奇跡を信じたい気持ちを永遠に抱かせ続けるのではないだろうか。

 それなのに余計なことを考える人たちがいて、困った事件を引き起こす。長谷敏司の「円環少女 1 バベル再臨」(角川スニーカー文庫、552円)の舞台となっている日本は、現実の日本と同様に神様なんて存在しない、そして神様を信じたがっている世界。そんな日本には、本当にかなう奇跡や、発動する魔法が存在する世界から様々な人間たちがやって来ては、魔法を使い奇跡を起こして様々な干渉を行おうとしていた。

 魔法を発動させる素子のようなものが、カケラも存在していないこの世界は、魔法を使える世界の人々から”地獄”と呼ばれて蔑まれていた。魔法が使える世界で悪いことをした魔導師いは、罰としてこの世界へと堕とされる。そこで<公館>と呼ばれる組織に属して、”地獄”に堕とされてまでも、悪事を働こうとする魔導師を相手に戦うことを義務づけられる。

 魔法を使えない人間が、どうして百戦錬磨の魔導師たちを従えられるのか。それは魔法を使えないことが魔法を信じないことにつながって、魔導師いたちが発動させる魔法の力を覆い潰してしまうから。中でも武原仁という名の青年は、魔法を無力化する力に長けていて、<沈黙(サイレンス)>異名をとりながら、堕とされてなおあがく魔導師たちの前に敵として立ちふさがっていた。

 そんな仁が面倒を見ていたのが鴉木メイゼルという名の少女。堕とされて来て間もない彼女は年齢こそ日本の小学生くらいだが、もといた世界ではそれ相応の悪事を働いていたらしい。この世界では小学生として学校に通い、監視目的で小学校に教師として入り込んだ仁を副担任とするクラスで勉強にいそしんでいた。

 そして物語は、この世界で生まれ育ちながらもなぜか魔法の力を動かすことができた蔵本きずなという少女の存在が明るみに出て、きずなが秘めた魔法の力をめぐって異世界から来た魔法を使う騎士たちや、<公館)の専任係官の元を逃げ出し犯罪に走った魔導師たちが争いを繰り広げる。

 ”地獄”へと堕とされ、過酷な戦いに身を投じているまだ幼いメイゼルが、仁の庇護の下で普通の人間の少女のような暮らしに浸るアットホームなシーンに心癒される。そして、それ故に彼女たちを否応なしに巻き込んで広がる戦いの過酷さが浮かび上がって、どうしてそんな運命を背負わされるのかと居たたまれなさに胸突かれる。

 魔導師や騎士の間で奪い合われる倉本きずなも決して幸福ではなく、むしろメイゼルたちより悲惨かもしれない境遇にあって、きずなを包み込む慟哭のドラマに心を痛めつけられる。少女たちが仁をめぐって繰り広げる恋のドラマは口元に笑みを呼ぶ。その対極として描かれるメイゼルの、きずなの過酷な戦いの様が心に悲しみを招く。

 <円環大系>と呼ばれる魔法を修め、強烈な電撃を放つことができるメイゼルを筆頭に言葉を使って相手を縛ったり、空を飛んだりといった具合に魔法には幾多の種類があり、それぞれに最適な使用環境というものがあって、故に魔導師たちが策を弄して自分に有利なシチュエーションを作り出そうと駆け引きしする、戦いの場面が実にスリリング。他の次元では一般的な概念が、現実世界の概念とぶつかり合って戦いが生まれるさまを描いた川上稔「終わりのクロニクル」シリーズにも重なる、状況を想像して戦いの有利不利を考える楽しみを味わえる。

 なによりそんな激しい魔法使いたちのバトルにあって、ただの人間、魔法を信じず魔法を使えない”地獄”に生まれ育った人間たちが、実は最強だったりする逆転の設定が面白い。一方には人間という存在の絶対性を問いつつも、すがる相手、すなわち奇跡を与えてくれる神を持てない哀しさにもつながり、生きる厳しさというものを考えされる。果たして人間は神を、本当の神を必要としているのかを問いかける.

 読みどころは数知れずありキャラクターも多彩。それが1冊の文庫に詰まっているため読み終えた時には興奮に頭がオーバーフローすら起こしそう。100人の魔導師を倒してようやく刑期の開けるメイゼルは未だ救われておらず、戦いはまだまだ続くだろう。敵もどんどんと強靱になるだろう。そんな戦いを続けざるを得ないメイゼルに、果たして幸福の訪れはあるのだろうか。彼女を護って仁は勝ち続けることができるのだろうか。

 見守るべき課題が投げられた作品に必要なのは続編だ。果たして人間は神をなくして未来に希望を抱き生きていけるのか。それとも魔法のような力を求め欲することになるのか。神を見いだした人間にとって根源となる問題に、これから出されるだろう続編が迫り何かしらの答えを出してくれることを、今は期待して刊行の時を待とう。


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