emeth 〜人形遣いの島〜

 人間と、人形の違いを挙げるとしたら、自分で考え動けるか、誰かに動かされるのかといったところに帰結する。

 倫理的には別の判断もあるだろうし、遺伝学的な面から人間とそうでないものを分ける方法もあるけれど、ごく平均的な考えで人間と人形を分けるなら、やっぱりこの分け方がまず挙がる。

 そして問われる。自分の考えを持って動く人形があったら、それは人間なのか。違うのか。月島総記の「emeth〜人形遣いの島〜」(スクウェア・エニックス、857円)でも、そんな問いかけが出され、そしてひとつの答えが導かれる。

 舞台は「セントロリンズ連島」。上流階級の多い頭島と、下層階級が暮らす胸島が橋でつながった場所で、そこでは動く人形「ゴーレム」の製造が主要産業となっていて、命を与えられた人形たちが、様々な場面で使役されている。

 ゴーレム製造は「律法教会」と呼ばれる宗教組織の特権で、教会の許可無く街の住民たちが独自にゴーレムを作り、遣おうとすると教会に摘発され、罰せられることになっている。

 けれども、高い正規品のゴーレムを買えない人も大勢いた。ゴーレムがなければ体力の必要な仕事はできず、生きていくのにも困難がつきまとう。だから、町に暮らす普通の人たちは、違法と知りながらも、もぐりのゴーレム遣いが密造したゴーレムを安く買い、運用していた。

 胸島でも最貧の人たちが暮らす地域で生きていた少年クリフも、動かなくなったゴーレムの部品を拾い、修理して転売する店で働きながら、いつか自分でもゴーレムを作り出せるようになりたいと夢を抱き、余った部品を集めて組み立てては、独学でゴーレムに命を吹き込もうとしていた。

 その日も部品を拾い集め、教会に見つかり逃げ回っていたクリフが、手違いで紛れ込んでしまった教会で出会ったのがラヴェルという名の少女。ラヴェルは直前に、ジェイルという若者が、「セフィーロト」なるものを蘇らせ、世界を壊そうとしている陰謀を知り、「セフィーロト」復活の鍵となる黒い立方体を持って、逃げ出していた。

 記憶にあった、法務卿のアルスラッド・グリンザムという男をたずね、教会へと持ち込んだもののなぜか逆に疑われ、攻撃を受けてその場から逃亡。紛れ込んでいたクリフも巻き込まれ、教会に追われる羽目となった。

 そしてもう1人。エリーという名の、ラヴェルと同じ聖ロリンズ学院に通う少女が、ラヴェルと最初に戦ったジェイルという謎の青年によって襲われ、ヒースという幼なじみで学院でも同級だった少年を殺害されていた。

 エリーはヒースの最後の頼みを入れて、生体を素材にしたフレッシュゴーレムに仕立て上げ、ジェイルの攻撃を退けその場を逃げる。そして、ラヴェルが持っているものと似た立方体を手がかりに、島を逃げながら、どうして自分たちが襲われたのかを究明し、ヒースの仇を討とうとしていた。

 ジェイルから狙われ追われるラヴェルとエリーの2人の少女と、彼女を支えて戦うクリフとヒース。交錯する2組の少女たちと少年たち。過去に謎を秘めたもぐりのゴーレム職人や、同じく過去にこだわり、激しい熱情を持って密造ゴーレムの摘発を行っている教会の女性ラビとも関わりながら、ラヴェルやエリーは真相に近づいていく。

 背後には、教会の重鎮の裏切りによって起こった事件があった。立方体はいわば教会の暗部として伝えられ、厳重に管理されていたはずの物だった。是が非でも取り戻そうとする教会勢力と、奪い世界を滅ぼそうとする存在との狭間に立って、ラヴェルとクリフ、エリーとヒースは戦う。

 明かとなる事件の真相はなかなかに奥深く、人の想念が歪んだり、すれ違ったりした果てに起こった悲劇の連鎖に、人間の持つ感情の複雑さが浮かぶ。一方で、心を持たないゴーレムという存在に開かれる可能性にも気づかされる。

 ゴーレムは意識を持たない人形だ。使役者の命令に従い動くだけの人形だ。けれども、途中から命令が効かなくなってゴーレムは暴走し始め、使役者は額につけられた「emeth」の文字から「e」を削って、ゴーレムを動かなくする。

 どうしてゴーレムは使役者の命令を受け入れなくなるのか。そして暴れ出すのか。ゴーレムが意識を持って人間に近づいたということなのか。心を持たない人形であるはずのゴーレムが、ゴーレムではなくなる可能性。そして別の存在へと移り変わる可能性が示される。

 さらに、立方体が持つ力が心というものの意味についても考えさせる。ひとりの人間について集められたあらゆる情報を身に刻まれた時、人形は人間になり得るのか。人間とゴーレムとの違いが、心があるかないか、自分では動くか動かないかといった単純なものではないのかもしれないと示唆される。

 ラヴェルやエリーの行動に絡んで浮かび上がる驚くべき真相と、訪れる悲しい別離が涙を誘う。冒頭からラヴェルと教会の人々との会話に噛み合わない部分があった理由が示され、心をもてあそぶ存在への憤りに、命をもてあそぶ存在への怒りに体がふるえる。

 教会が暴走ゴーレムの使役者を相手に使う、1年は眠ってしまう麻酔銃といい、不思議な力を持った立方体といい、出てくる道具を巧みに物語の中に折り込み、登場人物たちに幾重もの過去を追わせて展開の中で見せていき、驚きを与えながら最後にまとめあげる。その技の確かさをもって、次に描く世界が楽しみだ。


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