英雄≪竜殺し≫の終焉

 強ければ讃えられ、慕われると思ったら間違いだ。強いからこそ憎まれ、恨まれることだってあるし、むしろその方が、世に大勢いる弱い者には普通の感情。だから、英雄は永遠には続かず、生まれては消えて忘れ去られる。それが歴史。人間の。

 戒能靖十郎による第9回C☆NOVELS大賞の特別賞受賞作「英雄≪竜殺し≫の終焉」(中央公論新社、900円)もそんな、英雄をめぐる物語。誰からも崇められ、慕われながらも恐れられ、憎まれる英雄という存在が醸し出す、強靱さと虚ろさを裏腹の関係のように描いていて、至高の居場所にいることの困難さを感じさせる。

 物語の中心にいるのは、竜殺しの英雄アルズレッド。水源に居座って毒を振りまき、大陸の一角を治めるダグラント王国に災厄をもたらした竜を、王は初め、何万もの軍隊を差し向け退けようとした。けれども竜の強さの前に全滅の憂き目にあって考えを改め、誰でも良いから竜を倒した者に、都市を治める権利を与えると言って、英雄の登場を待ちわびた。

 そこに現れたのがアルズレッドという男。たった1人で竜が居座る場所へと乗り込んでいっては、本当に竜を退けてしまい、褒章としてクリザという国々が境を接する場所に近い、クリザという交易都市の領主に収まった。

 国境に近い関係で、奪い奪われていたクリザの街は、人心も乱れて長い混乱が続いていた。子供たちが今日を生きるのもやっとのその場所で、破落戸(ごろつき)たちに囲まれていた2人の子供を、やって来たアルズレッドは救いメリアを侍女に、ヴィアルを執事に迎えて街を治め始める。

 程なくしてアルズレッドに挑み、勝てば富も名声も得られると考え、何人もの強者たちがクリザを訪れアルズレッドに挑んできた。もっとも、長じて杖を使った戦いを学んだヴィアルが相手になって退けることもあり、定期的に開かれる大会で優勝した者をアルズレッドが瞬時に返り討ちにすることもあって、誰1人として彼の地位を脅かせずにいた。

 アルズレッドの強さに感嘆し、彼の麾下に加わって街の治安を守る職に就く者たちも現れ、長く荒れていたクリザの街は今や安定と繁栄を謳歌していた。けれども、強ければ妬まれ、富んで嫉まれるのが世の常。アルズレッドの栄達を良く思わない勢力から暗殺者が差し向けられることもあり、またより大きな策謀も廻らされて、次第に不穏な空気がクリザとアルズレッドを取り囲んでいく。

 そんな状況にあって、どこからともなく現れたのが<白の狩人>なる人物。全身が見るからに白く、なおかつ触れた物を白く変えてしまう力を持っていて、傍若無人にもアルズレッドの屋敷の奧まで張り込み、ひたすらに自分は「黒」を狩る者だと言い、そしてアルズレッドの周りに今、黒の気配があるからと来訪の理由を告げる。

 聞くからに不明な内容。けれども、あまりに強すぎて誰も話し相手がいなくなり、日々を茫洋と過ごしていたアルズレッドの関心を誘い、<白の狩人>はそのまま屋敷に居座ることになる。それが、以前から付き従っていたメリアやヴィアルの気持ちに波風を立てる。さらに、アルズレッドを追い落とそうとする策謀が一気にふくらみ、クリザの街に混乱が起こり、戦乱へと急展開していく。

 もちろん、強さでは何万の軍勢が押し寄せようとも、竜を倒したアルズレッドにはかなわない。不穏なのは<白の狩人>が存在を告げ、今は見えないといっていったん外に出て探しに行った「黒」というものの到来。戦乱の渦のなかでその「黒」とやらが現れるのか、そしてアルズレッドは、メリアはヴィアルはどうなるのか。情愛の滾りと羨望の燃焼があって、一気にクライマックスへと進んでいく。

 <白の狩人>とはいったい何者なのか。通常の世界から大きくはずれた謎の存在。絶対悪なり概念悪を糺す神なのか、それとも多次元の重なりの狭間に生じた歪みを修復する超越者なのか、宇宙の平衡を司る普遍の意識体なのか。まるで見えないその存在の導入によって、英雄の憂いと孤独を描いていた物語は、善と悪、正と否、白と黒といった相反する存在を包含した、この世界の成り立ちを問う哲学的な物語へと深化する。

 <白の狩人>から発せられる「事象干渉」といった言葉は、どこかSF的な匂いも感じさせる。だとしたら、いったいどういう設定が用意されているのか。ファンタジー調に見えた世界がもっと壮大な、例えば萩尾望都の「銀の三角」のように、宇宙と次元とを貫く物語になっていく可能性があるのか。その意味でも先への興味をそそられる。

 最後まで気が抜けず、そして意外な展開も待っている「英雄≪竜殺し≫の終焉」。英雄はどうしてそこまで強くなれたのか、そしてあのあとどうしたのか、<白の狩人>とは何者だったのか、「黒」を含めたさまざまな色が意味するものは、といった部分に心が残って、続きなり、同じ世界が舞台の別のシリーズを期待したくなる。果たして書かれるのか。今は待ちたい。


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