ドラモンド家の花嫁
1 王宮は陰謀だらけ

 食べ過ぎれば普通は太るのに、食べても食べても太らない人がいて、それも女性に結構いたりするから憎らしいというか、不思議というか。食べた分だけしっかり出すのか。それともエネルギーとして消費するのか。

 質量不変、熱量保存の何とやらから考えれば、エネルギーとしての代謝量に多寡はあっても、人間ならばそんなに差が出るものではない。常人を超えて食べればやっぱり溜まって太るだろう。ここはやっぱり出しまくるのだと想像するのが良さそうだ。

 冴木忍の新シリーズ「ドラモンド家の花嫁1 王宮は陰謀だらけ」(角川スニーカー文庫)に出てくるメイドのジャスミンは、眼鏡にお下げの可愛らしい容姿と細身の肢体に似合わず大食い。それも1回で20人前からを食べてようやく足りるといった凄まじさで、それが原因でどこに奉公に出てもすぐに追い出されてしまう。

 直前にいた屋敷も、飼っている家畜のための残飯を漁って食べていたのを見つかりクビに。それでも食べて行かなければと、半ば意地悪から紹介されたドラモンド家へと向かう途中で、あまりに長い旅程に腹を空かして倒れてしまい、気づくとアルトゥースという当主に看病されていた。

 大きな屋敷なのに使用人は誰もおらず、アルトゥースのほかはクーロウという名の子供が1人だけ。それには理由があって、ドラモンド家には昔に魔王と契約して、絶えることのない富をもたらしてくれる代わりに、当主とその妻は35歳を超えては生きられないという、一種の“呪い”がかけられていた。

 そんなドラモンド家に嫁を差し出し、代わりに財産をもらおうと企む家も少なからずあって、望んでもいない結婚を親から言われ、あるいはどこかから買われ養女となって、ドラモンド家の財産と引き替えに、嫁として送り込まれようとする女性が後を絶たない。35歳までしか生きられない彼女たちの立場を慮って、アルトゥースは誰も妻に迎えようとはしないで生きていた。

 そんな屋敷は金銀財産にあふれ、食べるものにもとりあえず困らないとあって、ジャスミンはドラモンド家に居着こうとする。ジャスミンが家のあちらこちらに転がっている金銀財宝を盗みだそうと企む人間だったら、盗んだ瞬間に“呪い”が発動して命を失っていたけれど、食べ物以外に欲のないジャスミンにとって財宝などガラクタ同然。そんな態度が認められ、ジャスミンはどうにか居場所を得る。

 ところが。ドラモンド家の財産を呪いの発動を受けないで手に入れるには、嫁を送り込むしかない。そう考えた王家が嫁を密かに用意して、アルトゥースを王宮へと招き入れる。家臣として赴かざるを得ないアルトゥース。向かうと城下に人がおらず、王の後継者だった息子の姿もない。王に聞けば死んだと言われたものの確たる証拠はない。

 何かが王家に起こっていた。真相を調べようとしてアルトゥースは城内を走り回り、王を誑かしていた存在を突き止める。その脇でドラモンド家に住み込んでいるクーロウという名の謎めいた少年と、アルトゥースに着いて来たジャスミンも動き回るものの、せっかくの大食ぶりが、敵を倒す上で何か力になるといったことはないのが不足と言えば不足な点か。

 冒頭からその大食いばかりが取りざたされたからには、食べ尽くすパワーで難局を打開するようなシーンが欲しかった。もっとも食べれば出さなければいけない。そんな場面が多くなっては拙いとむしろジャスミンを空腹に置き、働く原動力にしたのかもしれない。

 だいいち「ドラモンド家の花嫁」というタイトルからして、メーンはあくまで呪われたドラモンド家。そこにどんな花嫁候補がやって来るか、といったあたりを中心に主人公のアルトゥースが様々な難題を解決してく展開が待っているのだろう。大食いのメイドはあくまで先触れであり狂言回しであって、ドタバタな風味を展開に加えつつ所々でアルトゥースを導く役目を果たすのだ。

 それとも最終的にはその大食ぶりで屋敷の財産をすべて食い尽くし、呪いを払ってアルトゥースと結ばれるのか。黄金の神殿を建ててもなお膨大に余るドラモンド家の財産を食べ尽くすのは無理なはずだけれど、そこは類希なる大食いのジャスミン嬢。あるいは真打ちの花嫁候補となって、展開の上で大きな役割を果たすことになるのかもしれない。

 ともあれ、今は新たに始まった若き当主と悪魔と大食いメイドの暮らしが、変わらぬ呪いの発動へと向かうのか、それとも呪いを超えた新たなる次元へと向かうのかを想像しつつ、続く展開で起こる事件を楽しもう。


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