デザーティフィケイション
Desertification


 たったひとり、楽園(パラダイス)の王として永遠に生き続ける道があり、灼熱に乾いた地獄を大勢の仲間たちと助け合って生き、子を成し、やがて死んでいく道があったとして、人が選ぶのはいったいどちらの道になるだろう。そのときどきの心境に左右されるのは致し方のないこととして、ちょっぴりしんどい環境にある今なら、あるいは前者を選ぶような気もする。けれども永遠の過程で後悔を覚え、永遠に終止符を打ちたくなるだろうことは、今から容易に想像できてしまう。

 やっぱり人はひとりでは生きていけない。というよりひとりでは生きている意味がない。喧噪があってはじめて静寂の価値がわかるように、大勢の人々に囲まれているからこそ、ひとりきりでいることでの憧憬を覚える。たったひとり、楽園(パラダイス)の王として100年を生き続けて来た男を見て、少女ははじめて自分がひとりじゃなかったことに、憧憬がどれだけ贅沢な悩みだったかということを知った。

 すんぢ、という不思議な名前の漫画家が描く、メカと少女の躍動する世界のカッコ良さは、ラポート・コミックスから出ている「リミックス タイム リミックス」と「トランジット」の既刊2冊からも見て取れた。今回書き下ろしを加えてようやくにしてまとまった、初の長編「デザーティフィケイション」(ラポート、505円)でも、短編や断片からうかがい知れたすんぢの絵としての技術力の確かさ、お話としての創造力の高さがいかんなく発揮され、疎外されるような気持ちになり、虐げられるようなしんどい思いをしてもなお、自らが手を差しのべてこの、人でいっぱいの世の中を生きて、生き抜いてやがて死んでいくための、意味を、勇気を与えてくれる。

 近未来の地球。砂漠化が進み、人は少しの集団で水を得られる場所にコロニーを形成して暮らし、やがて水が=渇してくると、別のオアシスを探して移動する暮らしを続けていた。そんな人々のコロニーの1つ、子供たちばかりが集まって窃盗を繰り返しては生き続けている集団がいて、中に 1人、小さなロボットをかかえた少女がいた。名をライファという少女は、故障して止まりかけていたロボットに居場所のない自分と同じ境遇を見て、クラップと名乗ったロボットと友だちになったのだった。

 やがて成長したライファは、1世紀もの年月をくぐり抜けてきたクラップが、唯一指名としていた砂漠を肥沃な大地へと戻す植物を探す度にクラップと連れだって出かけていく。その植物・サバルは、かつてクラップを作った科学者のリレンツが、砂漠化する地球を救うプロジェクトを進めるために集めた科学者のうちの1人、サイティスがバイオテクノロジーによって作りだしたもの。サバルの苗木を植えたサイティスは、自らの生命の限界を知り、サバルが実を付ける100年後を確かめるよう、クラップに願いを託していた。

 だが悲劇は突然起こった。科学者の中の1人が叛乱を起こしてリレンツもサイティスも迫害し、すべての権力を手中におさめてコロニーをドームで覆い、砂漠化する外界との連絡を一切絶って地上の唯一の楽園(オアシス)、管理され統治された楽園を生み出したのだった。後にガンテックと名を変えたそのオアシスは、運良くそこを抜け出したクラップが、放浪の果てにライファに巡り会った1世紀の後も、厳然と存在して勢力を誇示し続けていた。

 人がときどき行方不明になるとの噂を聞き、その原因になっていると言われているガンテックのオアシスを避けて、ライファとクラップはサバルが根を下ろした場所を探そうとしていた。しかし1世紀を経てもなお、クラップはガンテックから狙われ続けていた。やがてクラップは、ガンテックにさらわれてオアシスへと連れ込まれ、1世紀前に何が起こったのかを知ることになった。そしてクラップを助けにオアシスへと先入したライファも、地球を想う1人の熱意が行き過ぎた結果起こった悲劇を目の当たりにすることになった。

 自然を汚すのは人間、自然を守るのは自分1人でじゅうぶん、そんな考えに1世紀を経てたどり着き、ドームの中のちっぽけな楽園を維持するために、他に多大な犠牲を強いて来た男にライファは、殻に閉じこもって自分だけの幸せを願い、ほんとうは大勢の人たちの思いを吸い込んで生きていた癖に、それを認めようとしなかった自分の姿を重ね合わせる。自分を想う大勢の人がいたからこそ、味わえた疎外感、憧れた孤独感というさまざまな感情の、どれほど贅沢なものだったのかを知る。

 自らを孤高へと追い込んでいた者たちが、得心してたどりついた地平はしかし、一方には永遠の安寧を与え、一方にはなおも厳しい現実を与えた。王として永遠に生き続ける道は失われたが、代わりに永遠の安寧を得たオアシスの王と、世界は自分1人じゃないと知り、ようやく前へと進みはじめたことにより、避けられない厳しい境遇に自らを追い込んだ少女との、今度もどちらが幸せなのだろうかと考える。

 やはりその時々によって、前者とも後者とも答えは揺れ動くだろう。だが少なくとも人が人として、人の中で生き人の中で死んでいく、当たり前だけれど意義深い、普遍だけれど至高の、人としての在り方を知ることができる。人はやはりひとりでは生きていけないのだ。

 サイティスはかつてクロップにこう語った。「人が本当に失くせないもの」「心 安らげる場所」「還るべ場所を守る力がある限り」。還るべき場所を得たライファが、還るべき場所を守るためにこれから歩んでいく道は、たぶん平坦ではないけれど、それでもライファは前を向き、地球がやがて樹に覆われる日を夢みて、先に逝ってしまった男の想いも受け継ぎ、乾いた大地を踏みしめて、仲間たちとともに歩き続けていくのだろう。


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