大鬼神
平成陰陽師 国防指令

 倉阪亀一郎の手がける初の伝亀作品「大亀神」は亀山にある遺跡より発掘された亀の化石をめぐって起こる日本の亀機に立ち上がった亀頭師が亀願するも果たせずさらには宇宙よりのニュートリノを見つけるために作られたカメオカンデ、ではなく神亀ンデスペシャルなる装置も絡み亀想天外の大騒動が巻き起こるストーリー……。

 ではない。ではないけれど倉阪鬼一郎の初の伝奇作品「大鬼神」(祥伝社、880円)は、「キ」と読む文字をすべて「亀」へと置き換えたくなるくらいに亀づくしの物語。読むほどに池や掘りの中とかをぼちゃぼちゃ泳ぎ沈んではまた浮かび、日溜まりの岩へとはい上がって文字通りの甲羅干しをしているあの生き物への関心を募らせられる。

 なるほど日本には以前から亀が主役となってその巨大さで周囲を睥睨し、手足より火を吹き回転しながら空を飛んではその凄まじさを満天下へと見せつけた物語があって、亀がどれほどに怖ろしい生物なのかを多くの日本人が知っていた。それでも「大鬼神」を読めばなおいっそう、亀とはかくも奥の深い生き物で、瑞兆として古来より尊ばれたり占いに使われたりして来ただけの存在感を持っていたのだということを教えられる。

 主人公は現代に生きる陰陽師の中橋空斎。朝廷ならぬ宮内庁に秘密のうちに所属しては、日本の防衛を霊的な面から支える存在で、日本に起こる危機を未然に察知して、これを防ぐための加持祈祷を処しまた起こった危機には、持ち前の知恵と力を駆使してこれを調伏する役目を負っていた。そんな中橋空斎が顔色を変える事態が起こった。凶ではすまない大凶中の大凶が亀卜によって出てしまったのだが、それがいつ、どこで起こるものなのか、そしてどれだけ未曾有のことなのかが分からない。

 一方で中橋の友人で作家の神山慎之輔はニュースで聞いた13に分割された亀の甲羅が発掘されて復元されようとしている話に興味を抱き調べ始める。中橋との会食の席でひとしきり亀についての話に花を咲かせたあと、中橋から「実は悪い卦が出ているんだ」と聞いて気にしつつ、やがて十三塚から発掘された亀の復元の一件へと巻き込まれていく。さらには十三塚のある神亀村の出身で、荒々しい相撲によって一世を風靡している横綱の大神亀もそこに絡んで、中橋が占った大災厄が訪れる。

 とにもかくにも亀づくしのストーリーは、亀に関する文献史料の類が駆使され古来より亀が霊獣として尊ばれ忌まれて来たことが分かって勉強になる。そうした文献史料を織り交ぜながら現代に降りかかる災厄に対して希代の陰陽師が幾多の挫折をしながらも完全と挑む、伝奇ヒーロー物としての楽しさも備えている。けれどもそうした仕掛けをすべてひっくり返して、関心の気持ちを唖然とさせてしまうところがまた素晴らしい。そして凄まじい。

 思い浮かべるのは柴田よしきの京都を舞台にした「炎都」や「禍都」のシリーズで、展開のスペクタクルさ、発想の奇想ぶりで拮抗したものがある。クライマックスで繰り広げられるスペクタクルのエスカレーションぶりはあるいは柴田伝奇を上回っているかもしれず、その様を目に浮かべるだけで頭が爆発しそうになって来る。物語の中で心理的なトラウマを刻み込まれる人が続出した理由も分かる。

 美形で陰のある天才陰陽師という、シリーズにするには嬉しいキャラクターを生み出し、彼に日本の霊的防衛に携わっている唯一の人間だという美味しい設定も盛り込んで、新たな伝奇ヒーロー物の出現を喜ばせておいて、そんな期待をあっさりうっちゃり、あるいは受け止め鯖折りにしてジャーマンスープレックスホールドをまかしてみせた作品。問題は伝奇史上でも最強にして最高の存在を出してしまって、折角生まれたニューヒーローの中橋空斎が次に戦う相手がいるのか、といった点だがそこは予想の上を行く発想なら得意中の得意と見える倉阪鬼一郎、必ずや唖然呆然とする設定を持ったシリーズ2作目を届けてくれるだろう、と信じたい。


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