CORRUPITON GARDEN コラプション・ガーデン

 VOCALOIDソフトの「初音ミク」が2007年8月31日に発売されて以降、音楽の世界は大きな変化を遂げた。メロディーの上に美少女キャラクターの声を乗せて、自由に唄わせることができるVOCALOIDソフトを駆使して作った自慢の楽曲をひっさげ、ネット上にボカロPと呼ばれる人たちが大勢現れた。

 そんなボカロPたちが作った楽曲から誕生したヒット曲は数知れず。作曲や作詞の才能を買われてプロの音楽家となっていったボカロP人もいたし、プロでありながらもVOCALOID楽曲へと進出し、そちらでヒットを飛ばす人もいた。今やボカロ曲は、音楽ジャンルの中でも、結構な勢力を形成するようになっている。

 優れた楽曲がクリエイターの想像力を刺激したのかもしれない。音楽から他のメディアへと展開されるものも出始めた。映像が作られるものもあれば、舞台化されるもの、小説になるものといった具合に、さまざまなカテゴリーへと進出しては、ボカロ曲に込められた物語や世界観を表現するようになっている。

 有名なのが「BLACK★ROCK SHOOTER」で、hukeによって描かれてネットにアップされたキャラクターの画像に、supercellという今ではすっかりメジャーになった音楽集団が「初音ミク」を使って楽曲を付け、それが映像化されアニメーション化もされて広く世間に広がった。VOCALOIDソフトのひとつ「鏡音リン」を使ってトラボルタによって作られた「ココロ」は、劇作家の石沢克宜によって3度にわたって舞台化された。石沢自身の執筆による小説も3作が発表されている。

 2010年にCazによって発表された「CORRUPTION GARDEN(コラプション・ガーデン)」の場合は、ハードなロックサウンドと、退廃のイメージにあふれた歌詞が評判となって、楽曲が大人気となった。これに刺激されたCGクリエイターのIKEDAが、3DCGによるハイクオリティの映像を贈ったことで、楽曲の世界がさらに大きな広がりを見せた。

 宇宙を舞台に、ロボットのような兵器を操って2人の少女が激しい戦いを繰り広げる映像は、少女のキャラクターが持つ美しさと、スピード感あふれるビジュアルで目を引きつけるものになっていた。そして同時に、映像の背後にある膨大な設定を感じさせた。

 2人の少女の関係は。戦っている相手は。ケーブルに繋がれて眠る少女の正体は。そんな疑問に答えてくれる物語が、今度は小説として描かれた。それが「ムーンスペル!!」などのライトノベル作品を持つ尼野ゆたかが執筆した「CORRUPTION GARDEN』(原作・Caz、原案・IKEDA、PHP研究所、1200円)だ。

 エスという侵略者に襲われ、大きな被害を受けた惑星ラズフェルドでは、エスに対抗できる人型兵器・スカルブレインを開発して反攻に出ようとしていた。エスと戦うことになる軍人の育成も進められていて、その中でもサナという少女は、エースだった母親譲りの戦闘能力を持っていて、冷静で沈着な戦いぶりを見せて優れた訓練成績を収め、将来を期待されていた。

 彼女にはアイルとう名の双子の妹もいて、同じ士官学校で訓練を受けていたが、性格はサナとは違って直情的なところがあり、戦い方も強引で、ルールを破ってもシミュレーターを壊しても、戦闘に勝てば良いという態度でサナをいつも苛立たせていた。当然のように反発しあう2人だったが、ある日、2人だけで買い物に出かけた直後、アイルは人類を殺害する反逆に等しい振る舞いを見せ、士官学校から逃亡する。

 憤るサナ。軍人だった父親は退役を余儀なくされたが、成績が優秀だったことから連帯責任を問われることはなく、学校を出てスカルブレインを駆るエースパイロットとなり、その活躍ぶりから<赤色の宿業(スカーレットカルマ)>と呼ばれるようになる。

 もっとも、それでエスの攻撃を完全に退けることはできなかった。戦況は次第に悪化の一途をたどっていきます。仲間を失い、補給に戻った空母で支えてくれた人たちが、一瞬の攻撃で全滅するような展開に、戦場の苛烈さが見えて胸が痛くなる。

 IKEDAが映像に描いたハードな空戦の描写が、目に浮かぶような緻密さで言葉に置き換えられた小説版。読めば爆発の向こう側で起こっている悲劇や、再会したアイルとの激しい戦いの意味が見えてくる。そして宇宙を舞台にした侵略者との戦いがメーンだったはずの物語世界が、ぐにゃりと崩れていった先に浮かび上がったひとりの少女の悲劇的な運命が、IKEDAの構想した深淵な世界観に触れさせてくれる。ケーブルに繋がった少女の意味も知ることになる。

 残酷な現実と過酷な幻想。そのどちらを選んでも未来に待ち受けているのは、哀しい運命であるにも関わらず、少女はそこからの逃走を図り、そして闘争する。原曲の歌詞には書かれていないビジョンが映像によって描かれ、物語によって補完されて現れたビジョンを堪能できる。それでいて、失われていない元の楽曲にこめられた主題もしっかりと感じられる。

 いろいろな才能が集まり、刺激し合って作品を作り上げていく楽しさと奥深さを、この小説を読み、PVを見て楽曲を聞き込むことで、改めて感じてみたい。


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